夏休みに家族で映画を見ました。
2026/09/06
先日、映画「ちいかわ」を見てきました。
わが家では私以外はすでに全員鑑賞済み。「面白かったよ」「ちょっと怖かった」とは聞いていたのですが、正直なところ私は、「まあ、子ども向けの映画だろう」くらいに思っていました。私だけが見ていないのも、ちょっと面白くない。
ところが、なかなかどうして。歯ごたえのある映画でした。
もちろん、ここで内容を書くわけにはいきません。これから見る方もいるでしょうし、幼稚園の子どもたちにも、すでに見た子が結構いるのではないかと思います。
ただ、私が感心したのは、「見終わったあとに話したくなる映画」だったことです。
登場人物には、それぞれの事情があり、それぞれに自分なりの理由がある。見ているこちらも、最初は「この人はかわいそうだな」「こちらが悪いんだな」と思っていたのに、話が進むにつれて、どうもそんなに簡単ではないことが分かってきます。
さて、誰が正しいのだろう。……これ以上は書きません。
帰宅してから、家族との話が盛り上がりました。
「あの台詞、何だったのだろう?」「でも、あっちにも理由があったでしょう」「ウーウーとか、言葉にしていないけど言いたいことは伝わるよね」…
私以外はすでに見ていますから、遠慮なく話せます。そして、これが面白かった。
同じ映画を見たのに、見方が違うのです。
考えてみれば、当たり前のことです。同じものを見たからといって、同じように感じる必要はありません。むしろ、「私はこう思った」「いや、私は違う」と話してみることで、自分にはなかった見方に気づくことがあります。
さて、ここまでは大人の話。ウチは最少年齢が8歳ですが、
幼稚園の子どもに「どう思った?」と聞いたら、
「かわいかった!」「楽しかった!」「怖かった!」……おそらく、そんなところでしょう。
それで十分だと、私は思います。
「どうして?」「どこが?」「じゃあ、あのときはどう思った?」
と、大人が一生懸命に深掘りして、立派な感想を引き出す必要はありません。子どもが「楽しかった」と言ったなら、「そう、楽しかったんだね」でいい。
むしろ今回、私が面白いと思ったのは、子どもに話させることよりも、大人が話しているところを子どもに見せることです。
お父さんとお母さんが、同じ映画を見て、
「私は、あの人の気持ちも分かるなあ」「えー、私はそう思わなかった」「そう? どうして?」「だって……」「じゃ、あの言葉は何を指していた?」そんな会話をしている。
意見は違う。でも、喧嘩ではない。これは案外、子どもにとって大切な光景なのではないでしょうか。
子どもからすると、お父さんとお母さんの意見が違って、少し強い調子で話しているだけでも、「喧嘩している」と感じることがあります。だからこそ、「意見が違ってもいい。違う意見を聞いてもいい。話し合うことは、喧嘩することではない。」そんな大人の姿を見せることにも、意味があるように思います。
幼稚園では、年長組の子どもたちと絵を見ながら対話する活動をしていますが、そこでも、「みんなで一つの正解を出す」ことを目指してはいません。
「私はこう見える」「僕は違うと思う」その違いを面白がりながら、人の話を聞き、もう一度絵を見てみる。
考えてみれば、それは大人も同じです。家族で映画を見る。一緒に笑ったり、ハラハラしたりするだけでも、もちろん楽しい。でも、映画が終わったあと、お父さんとお母さんが楽しそうに「ああでもない、こうでもない」と話している。
子どもはその隣で、別に話に加わらなくてもいい。「大人って、違うことを考えていても、こうやって話すんだな」
そんなことが伝われば、それもまた、一本の映画が家族にくれたものなのだと思います。
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明照幼稚園
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