臨時休園の中で

 ふと気がつくと、前のブログは3月18日。もう、かなりの日数が経ってしまったと感じます。
何とか終業式と卒園式は行えたものの、「その後、どうなるの?」が見えないままで春休みに突入し、4月1日から新年度として先生方と準備を始めるも、「いつ再び臨時休園になるか分からない。何を根拠に判断したらよいか分からない」まま。
2日には私立幼稚園の園長先生方で臨時園長会が開かれるも、各園それぞれの対応を「とりあえず決めてあります」な状態。その帰り道で文京区からの発表を知り、3日に基本方針を取りまとめてお知らせ。
 更に入園式に向けて準備を進めるも、結局は緊急事態宣言ですべて中止・延期。慌ててご連絡を回し、先生方に「考え得ること」を伝え、少しの撮影をして解散。気がつけば4月8日になりました。
 本来であれば、また例年であれば、今日は始業式と花まつりで、フルメンバーとなった子ども達がワイワイしていたはずです。冬が暖かかった割には長く咲いている桜を眺めたり、花びらを集めている子もいたはずです。オタマジャクシを探して池をじっと見つめている子、そして「ママー」と泣いている子も、いたかも知れません。
 けれど、淋しいものです。誰もいないのですから。

 せめて、「花まつり」の由来は書き残しておきましょう。
幼稚園の奥にある、「お御堂(おみどう)」には、真ん中に仏さまが座っておいでです。そして、脇には小さな仏さまがいらして、片手を天に向け、片手では地を指さしています。それがお釈迦様のお生まれの時の姿です。「天にも地にも、いろんな人やいろんな生き物はいるけれど、私はその中でたった一人しかいません。他の誰とも違う。私はこの世の中に、一人しかいないのです。代わりはいないのです」を表すポーズです。これ、お釈迦様だけではなくて、みんな同じなのですよ。みんな一人ひとり、全員が唯一でユニークな存在なのですよ。そこに気づき、主張したのがお釈迦様なのです。
 当時のインドでは、昔のことですから王様から家来から町人から、それから「人として見られない(奴隷)」人たちもいて、それこそ「取り替えのきくもの」と捉えられていたのです。その中にあっての主張でしたので、すごく軋轢もあったし新鮮でもありました。まぁ、そんな抽象的な話は良いのですが、「あなたはこの世にただ一人」、それを伝える花まつりから始まるのは、私達スタッフにとっても身の引き締まる思いなのです。大袈裟に言えば「生命尊重」ということです。
 直接子ども達に話すことはできませんでしたが、この場に書き残しておきたいと思います。