自発性をめぐり

 今日は臨時休園の3日目ですが、職員は集まって会議と研修会を行いました。「第4期」ということで、年度末の子ども達の姿が様々えがき出されていました。
 年少さんはチューリップを育てている姿。「芽が出てきた!あれは私の!(だって最初に出てきたんだから)」という子もいるし、「赤の一番(プランター)は私の!」という子も。幼稚園指導要領では「標識や記号に関心を持つ」というねらいがあるのですが、その最初の段階でしょうか…。
 年中さんは「ひな人形を材料から作る」ということで、新聞紙をふやかすところから完成までのストーリーを、子ども達が興味を持って追っていく姿がレポートされました。「お遊戯会を経て、ストーリーというものに子どもが親しんでいるようだ」との観察によって。
 年長組さんでは、もう「3年間の集大成」というべき「年長3学期における、ある子の変化」が綴られていました。子どもって、急激に変わっていく時期があるのですね。その子の「できるようになりたいんだ」という言葉を聞いた担任は、さぞかし嬉しかったことでしょう。
 さて、3学年で共通していると感じたことは、「長い時間、同じことに関わることの意味」です。チューリップはなかなか変化しないし(でも、1人1球を用意したことで、愛着が生まれていたようです)、おひな様の顔はなかなか乾かないし(でも、新聞紙から作れるという不思議さに駆られて毎日様子を気にしていました)、「何時になったらどう変化し、成長するのか見当がつきません」と思っていたし(でもずっと、働きかけつつ信じて待ってました)…。

 いずれも、長い時間をかけて、そして先生方も意図と工夫をもって、子ども達の環境として関わって来ました。
 「子どもの自発性を伸ばすというのは、こちらが精一杯考え努力しても、究極は”待つことができる”ということかも知れないな」、そして「それを”信じてる”と言うのだろうな」と思いました。
チューリップを、無理矢理開かせることができないように、子どもの成長も無理矢理にはできないのだろうと思います。