勝っても負けても

 運動会は様々な視点で見ることができると思いますが、内容的に関係のある「体操」と一番異なるのは「勝ち・負け」が明確につくことでしょう。

 年少さんであれば「何があっても自分の勝ち!」とばかり、「どういう状態が勝ちなのか?が不明」なところから始まりますが、年長になると勝負は明確に分かります。そして傷ついたり悔しさも経験します。
 今日の運動会総練習でも、「途中まではリードしていたのに、最後には負けてしまった…!」ことから、子ども達が呆然としてしまったという報告がありました。その後、「ほら、○○君の兄弟が出ているよ」と声をかけても上の空だったほど。さらに暫くすると熱心に友達と作戦を練り直していたそうです。よっぽど、よっぽど悔しかったのでしょうね。

 時折、「勝ち負けはどうでもいいんだよ」というセリフも使いますが、それは普遍的な真理ではなく、子ども達に「もっと大切なことを伝えたい」状況でこそ活きる…問題なのです。「負けたからそのセリフを使う」のでは、自己矛盾ですよね。負けて、それを直視し、悔しさから次を考える。そのプロセスを避けてしまっては「負ける」価値はなくなります。そう、「負けること、と価値を見出すことは両立する」のです。言い換えれば「できないからこそ育つものもある」。だから勝ち負けをつけるのです。