忘れちゃった

nitiha2016 先週から、たんぽぽぐみさんが年長組へ訪れています。3つ位のプログラムがあり、一緒に踊ったり歌を聴かせてもらったり、手を繋いで遊びます。
 訪問を受けた年長さんはとても楽しみにしていて、たんぽぽさんが玄関に入ってきた時には、すでに2階から顔を見せて「いらっしゃーい」と歓迎。見上げて驚くたんぽぽさん。期待を持って階段を登ったことでしょう。
 年長さんは文字通り「我がもの顔」ですが、4月から幼稚園に来はじめたたんぽぽさんは、まだまだ全てに於いてビギナーです。小さい子に接する時には自然と相手のことを配慮している姿が、たくさん見られました。そうして交流も終盤、年長組の担任が子ども達に言葉をかけました。「みんなも、こんな風に小さかったのよ」と。その答えがこれ、タイトルの「忘れちゃった」です。まぁ照れ隠しもあるのでしょうけれど、子どもにとって3年前というのは、遙か昔のようです。「幼児の過去に関する記憶は、かなり曖昧」と言われますけれど、私が自分の子ども達に聞いても、殆ど覚えていることはありません(旅行とかにも結構行ったのですがね…)。
 もしかするとの推測ですが、2歳頃までって、「記憶として積み上げる」ほどの事柄は多くないのではないかと思います。逆に言えば、「命に関わること以外は覚えていない」のかな、と。現代ではかなり気軽に使われる「トラウマ」という言葉は、もともと「心理的外傷」という訳語が宛てられる、「これといった思い当たりはないけれど、いつも無意識に避けてしまう行動パターンで、それが今になって何かの行動の障害になっている」といった内容だったと思います。「トラウマ」と大袈裟に言わないまでも、失敗が多いのが幼児期。失敗を通じて学んでいくのですから当たり前ですが、「上手くいくやり方」こそ習熟すべきという、ごく当たり前の事から考えれば、小さい頃のことを「忘れた」ことで、いま自信を持って生きていけるのかな…などと考えました。
 あ…この時期って、パソコンで言うバイオスとかオーエス(つまり、アプリケーションではない)を作っている時期なのかな…って男性にしかピンとこない表現ですね、いずれまた。