繰り返す

hasiru

 昨日は講演会だったので、お御堂参りが一日シフトして、今日になりました。秋ということで、ホール横の柿の実の話をしたり、「ドングリどこにあるかな?」と問いかけたりしました。
 そしてお話は、「はなし好きの殿様」。お話を聞くのが大好きで、「もっともっと聞きたい。飽きるまで聞きたい!」という殿様に、ある者が「飽きるまで聞ける」話を持ってきます。
 このはなし、繰り返しが肝です。そして、「繰り返し」という事に対して、大人と子どもがそれぞれ受ける印象が全く違うことを、鮮やかに見せてくれます。
 劇中劇、と言いますか「話中話」では、大きな木からドングリの実が、ポトン・ポトンと落ちてきてはポチャン・ポチャンと池に落ちていきます。そのずっと繰り返し。「何しろ大きな木ですから、木の実も星の数ほどあるのでございます」という感じです。
 子ども達は、その描写に対して、早くも3回目くらいから笑い出します。「すると!」と言った時点で引き金を引いたように。何回か繰り返すと、お殿様が聞きます。「それで、その後はどうなったのだ?」「はい、そこが面白いところです…。すると!また風が吹きまして、ドングリが一つ…」子ども達は大喜び。ついに殿様はうんざりして降参。まんまと褒美を取られてしまいます。
 子どもが「繰り返しを好む」ということは、恐らく成長の課題として必要な事だから、「合っているから」ではないかと考えています。一方、大人にとっては、既に「必要な課題」ではない。ゆえに苦痛なのです。
 ですからどうぞ、「子ども達に付き合う!」というときは、繰り返しにうんと付き合って下さい。私の経験上、小学校4年生ぐらいまでは該当します(トランプもう一回!という感じ)。
 まぁ、これは「その期間に電子ゲームとか与えると、嵌まるだろうな」という事でもあります。嵌まること自体は悪くないというか、自然なことだと思います。なので、「何に嵌まるか」という対象こそ、問題にすべき事なのだと思います。