話しすぎ

 今日は終業式。お陰様で今年度を閉じることができました。未曾有の一年ではありましたが、「例年に縛られない発想」を求められた一年であったな、と思います。3学期の終業式ということは、当然一年間を振り返る訳ですが、一つの行事の名前を言うだけで、先生にも色んな思い出がドッと出てくるのでしょうね。「あら、ついつい話しすぎちゃったわね」というほど、じっくりと各々の行事を振り返りました。
 実はその前に、私も結構長々と話してしまいました。明日の卒園式はスピーディーに行わなければならない…余り話せないと思っていたら、ついつい考えていたことがズラズラ出てきてしまった、という感じです。

今年は、新型コロナ感染症のために、本当にいつもと違った一年でした。その中でも、「病気にかかる可能性を下げるため」に、いろんなお願いをしました。お友達の中には「自分は元気だけれど、家族がちょっと調子が悪いから、皆なにうつしてしまう可能性を下げるために、都合欠(出席停止)を選んだ」という人もいるでしょう。そんな人がいたら、園長先生は『花さき山』を思い出します。あやちゃんと同じように、「自分は少し辛いけれど、皆が病気にならないように」考えてくれたんだね。お婆さんはそれを、「けなげ」って言っていた。その健気さは、花さき山の花になるんだよね。「きっと私も、花さき山の花を咲かせている」って思っていいんだよ。

 話しながら…あ、これは明日話そうと用意していたのに…と思ったのですが止まりません。コロナという困難が、子ども達の花を咲かせるきっかけになったのかも知れない。そう思うのです。
 年少さん・年中さんも「今日でことりさん、お終いなんだよね」と話していたので、「終わりがある」という認識はあるのだと思います。けれど、それをきっかけに色々と感じていけるのは、重ねた年齢や経験量に比例するのかも知れません。
 そしてそれは、保護者の皆さんも同じではないかと思います。お子さんの「どうして私はお休みなの?」という問いに答えるのに痛みを感じた方もいらっしゃると思います。その中で連絡をする。その時にはやはり、花さき山の花が咲いたのでしょう。