鬼ごっこ


 今日は一日早いのですが「節分の集い」を行いました。園庭で…。
 と言いますのは、「諸般の事情」で全学年を一堂に会する機会を避けたかったのです。そう、流行のアレです。お休みの多いクラスは全員に健康確認を行っていますが、「鬼役の子たちが登園できそうならば、何とかしてやりたい」と園長が言い出しました。「全員マスク着用とか?」「全クラスを園長鬼が回るとか?」など、様々なアイデアが出て、それらを検討した結果、「園庭で行おう」ということになりました。その後細部を煮詰めて、今日の本番に至りました。
 園長から通りいっぺんの話を聞いた後、マイクを持った先生が、「ほら、お天気もよくて暖かくなってきたから、桜のつぼみも少し付いてきたでしょう」などと話していると、後ろから「キャー!おに、おにがでたぁ」と、先生が金切り声で走ってきます。その後ろからたくさんの鬼たちが…棍棒をもって追いかけてきます。
 「豆まきの練習をしようね」と渡されていた豆ですが、急遽本番に変更。「鬼は外~!」と大声で、豆を投げます。歌のように「パラパラパラ」と音はしませんでしたが、確かに鬼に向かって投げつけ、しばらくすると鬼は退散していきました。あぁ、良かった。

 例年のことですが、鬼役の子たちは立派に役を務めました。その姿は、たけのこぐみでオヤツ配りを手伝ってくれる誇らしさに少し似ていたかも、と思います。悪者役ですけれど、しっかり役目を果たしてくれました。カラフルで個性的、かつなかなか伝統的な製法のお顔だったように感じます。年少さん・年中さんのお面は、それぞれ学年なりの可愛さにあふれていました。(しばらく年少さんは、「鬼が来るぞ~」でビクビクすることでしょう)
 鬼が来ることがあるんだ、でも追い払うことができる。それを疑似体験した訳ですが、いつか大人になった時「正しいこと、良いことを選ぶ」ための種になるかも知れないな、と思いました。「性善説・性悪説」どちらにも与しない、「ニュートラル説」なのでしょうね、これは。
 そう、願わくば、「ただのファンタジー」ではなく、大人になってからも考えてみて欲しいのです。「なぜ、あの行事が行われてきたのか」を。その底流にある思いや人間観を学んで欲しいのです。「昔から現代に伝えられている事柄」というのは、パッと理解しにくくとも、何某かの真理に根ざしているように思います。(真偽は定かでありませんが、最近はやりの”恵方マキ”というのは、関西の芸者遊び…大人の…が発祥と聞きます。消費社会に乗っていますけれどね。)
 終わってからは園庭の掃除。鳥さんが食べに来るかな?とも思ったのですが、先生方は「きちっと掃除しましょう」ということで、砂場の篩(ふるい)まで持ち出して、きれいにやってくれました。有り難し。