それぞれの言葉を

 今日は成道会。例によって学年ごとで行いましたが、そのメリットがしっかり出ている会になりました。というのは、「学年ごとに合わせて話をできる」ので、話の抽象度を変えながら話すことができたのです。
 年少さんでは、「元気にご挨拶ができること」を勧めました。そこに「正しく・明るく・仲良く」が具体的に現れていると感じたからです。年中さんでは「嘘をつかないこと」を題材に、年長さんでは「苦しみの対応を間違えると苦しみの連鎖になり、正しく対応すれば苦から離れる」ということを話しました。
 それにしても感心するのは、司会の先生方がそれぞれ自分なりに何かを調べ、子どもたちに伝えようとしていることです。普段何もない時に言うのは浮いてしまうようなことでも、こういった機会には言葉にすることができる。「元気で楽しく過ごしてくれることが、先生たちはとても嬉しいんだよ」「努力することや、弱い心に負けない子どもになってほしいんだよ」「みんなが幸せになれるようにって、正しく明るく仲良く過ごせるようにって、叱ることもあるんだよ」といった具合です。
 実際、「自分には被害がない」という状況で「他人を叱る」というのは日常的には多くないかも知れません。しかし、「その子の今後の振る舞い=幸せになれる道にいるか?」を考えると、「そのやり方は良くないよ」というのは示さざるを得ないものです。
 年長では、先生も(私も)「自分も小さい頃は、嘘をついてしまうことがあった。けれど、嘘をつくとその場凌ぎにしかならず、問題の解決にはつながらない。それに気付いてからは、正直に話すことが苦しみから離れる道だと気付いた」といった話をしていました。
 成道は、「道を成す」と書きます。その道の目的地は「幸せ」です。時々道を踏み外すことはあるだろうけれど、元の道に戻ることはできるし自分の力で戻れる。自分の行動次第で幸せに近づくことはできる。仏教では、そう教えているのだと思います。