見ています

 今日は御魂まつりの集い。7月は日程が短い割に行事が多いですね。提灯が舞台に並んで、なかなかきれいです。

 お盆の行事は仏教的に説明できるものではありますが、日本の「ご先祖様」観とあいまって、なかなか味わい深いものがあると思います。
 子ども達には「みんなを大事に思ってくれている人って、たくさんいますよね」ということを中心にお話しました。ご両親・祖父母・曾祖父母…「その沢山の人たちが、”この子は大事”って思って育ててくれたんですね。その中で一人でも”やーめた”という人がいたら、みんなはお父さん・お母さんに会えなかったんだと思います。だから、ご先祖様はみんなのことが大事で、心配なんですね」と。
 何となくですが、一生の問題が「極楽へ行って、メデタシメデタシ」「天国へ行ってめでたしめでたし」ではなく「(この世を去った後でも)誰かのことがやっぱり心配だなぁ」というのは日本(東アジア?)独特な気がします。仏教も根源的には「自分自身の問題(自分は悟りを開けるか)」であるのに、日本ではこれだけ「先祖崇拝」と結びついているのは不思議なほどです。

 ともあれ、この「多くの人に見られている(見守られている)」という教えや感覚は、かなり人間らしいと思います。遥か昔に定められた戒律によって自らを縛るのではなく、「いま、誰かがこの姿を見たらばどうだろうか?」を判断基準にするのですから。
 もっとも、これは「時代に流される」という意味でもあって、日本人はその傾向が強いなぁ…と。幼稚園のパンフレットにうたう「文化という縦糸と、人間関係という横糸に繋がっている」私たちは、そのどちらも切ってはいけない(クルクル回転しちゃうでしょう)としか分かりません。…どの程度がベストなのか?は常に模索中であります。