流れに逆らって

asobi 今日は子どもの日の集い。入園後約一ヶ月で、久しぶりの全員揃う集まりです。このところ急に気温が高くなってきたのもあり、お休みの子もチラホラ見えるのですが、一緒に挨拶ができるのは気持ちいいものです。
 さて、「子どもの日」「おひな様」は、「昔は男女それぞれの成長を喜び、祈るものだった。けれど今は男女関係なく、子ども達の成長を祝う会になっている」とお話します。これは多分「戦後ずっと」なのでしょうけれど、行事そのものが古い物ですから、理念(お話)だけ変わっていることで、行事トータルとしては多少のチグハグさを残しています。
 つまり、理念を中心に据えると、貫徹されていない点があるのです。「子どもの」と言いながら武将とか金太郎を飾る。「男性に守ってもらうもの」という表現が見られる。「歴史的に、そうしてきたから」と「こうあるべき」の乖離は、その気になると結構見られます。
 今日、司会の先生が「鯉のぼりの歌には、真鯉と緋鯉だけ出てくるでしょう。真鯉はお父さん、緋鯉は子ども達って。で、お母さんはどうしたのかな?って心配になって、調べてみたの」

 多分、先生が引いたのは、このサイトだと思います。

「ちょっとした工夫で心豊かな生活を」
 行事に歴史と変遷有り。過去からの流れを知っていることは、物事の理解にとても役立ちますね。物事を(間違えなく)新しくしていくために、それは必須なのだと思います。
 さて、タイトルの「流れに逆らって」は、鯉幟をあげる由来に関わります。鯉は、流れのある川にも住んでいるのですが、時として流れに逆らい、滝を登ることがあるそうです。そんな姿になぞらえて、子どもの健やかな成長を祈るのです。