咲くとき枯れるとき

 今日もお御堂で『花さき山』です。年少さんの担任の先生が、学年混成で子ども達を引率して来てくれました。
 園内では、先日桜が咲き(年少組自転車置き場のあたりです)、今週になって木蓮が開きました(大きな池、滝の後ろ辺りです)。木蓮の花弁はだんだん茶色く変わっていくので、なるべく早くご覧になることをオススメします。また、近所でも咲いているところがありますので、探してみるのも楽しいでしょう。
 さて『花さき山』を読み終わって、「ねぇみんな、もしも幼稚園に花さき山があったら、どんな時にお花が咲くと思う?」と問いかけてみました。物語に出てくる「妹のために自分の服を我慢する」だの「山火事を体を挺して消す」のいうのは、彼らにとっては現実味が薄いでしょう。けれど、「お友達が困っていたら助ける」という声が上がりました。
 本当に、嬉しいことです。「誰かのために行動すること」が花を咲かせる、と理解しているのですから。では…。「どんなことがあったら、花さき山の花が枯れてしまうと思う?」と訊ねてみました。こちらは軽々と反応はありません。「お友達をブッちゃうとだめだと思う」と誰かが言いました。素晴らしい。「そうだね、そんなことをしたら、お花がガックリ枯れちゃうかも知れないね」と返しました。
 具体例というのは、無限にあります。「(おうむ返しではなく)表現や文脈は様々でも、筋の通った答えができる」というのを理解と言うならば、まだ「人に優しく、を理解しているとは言い切れない」状態でしょう。同じ行動をしても、対象や環境によって意味や結果が変わってくることもあります。ただ、「全く分からない」状況でもないと思います(大人でも、いつまで経ってもそうですよね)。いくつかの例は知っているけれど、目の前がどうかは確信が持てない。子どもが「いま、お花が咲いたかな?」と確信を持てない時に、周りの大人が「大丈夫よ、綺麗な花が咲いているよ」と肯定していくことが大切なのだと思います。…黙っている、ではなくて。