明照幼稚園

Author Archives: Sato

戸を開ける楽しみ

6月 22nd, 2018 | Posted by Sato in 日々の姿 - (戸を開ける楽しみ はコメントを受け付けていません。)
 何だかロマンチックなタイトルになりました。朝の「登園始まりイベント」では、年長さんが何人か、非常に期待してくれていて、かけ声もだいぶ自信あるものになってきました。
 さて、昨日からは「扉を開けると感じる」…本物のカサブランカが飾ってあります。玄関に絵が架けてあるのを見て、持って来て下さった保護者の方があるそうです。香りも強いのですが、玄関の空間が広いので、「扉を開けて入ると気付く」程度、丁度いい塩梅です。
 多分、「既に開いている玄関」に入っていくだけでは、香りに気付きにくいと思います。これも、「幼稚園に9時に行く!」子の楽しみでしょうか…。この時期、何だか淡い色の花が多いような気がします(アジサイやアカパンサスなど)けれど、白というのは何処にあっても映える色ですね。
 ところで、カサブランカは1970年代に作り出された品種なんですって。私の方が歳をとっているということです(笑)。

 そうそう、「ロマンチック」と言えば、「7月のうた」に「ロマンチック」という言葉が出てくる学年があります。先日それを先生が説明していました。「ねぇみんな、ロマンチックな王様って出てくるけれど、ロマンチックって、どんなことか分かるかな?」「……。」さて、先生はどう説明したでしょうか?とても彼女らしい、かわいい説明でしたよ。そして、該当学年では、子どもが尋ねるかも知れません。「ねぇお母さん、ロマンチックって、どういうこと?」と。

収穫シーズンイン

6月 20th, 2018 | Posted by Sato in 日々の姿 - (収穫シーズンイン はコメントを受け付けていません。)
 今年も野菜の収穫が始まっています。すでに年少さんは結構な量のキュウリを手に入れ、「チクッとして痛い!」とか自然と直接関わる経験をしています。
 今日は、お御堂参りのあとで、年長さんがナスの収穫をするのを見守りました。思惑としては「お泊まり会で食べようね」なのですが、すでに熟した実がたくさんできています。ナスもまた、ヘタにトゲがあるんですよね…何気なく手を伸ばす子を見ると、ちょっとドキドキします。
 ナスを生で食べる機会、幼児に多くはないだろうと思います。「浅漬け」にはしていますが、今後どのような出し方をするのか、先生方も思案中のようです…ぬか漬けって難しいのかな?
 枝豆も実が付き、膨らんできました。食べ頃を迎えたら、一気に収穫〜茹でて〜食べたいと思います。
 年中さんのサツマイモですが、だいぶ元気に葉と茎を伸ばし始めました。出始めると勢いが凄いですし、収穫後も縄跳びにして遊んだりもできます…けれど「時間がかかる」もの。それに付き合うのが、大切な経験だと思います、野菜について。
 ちなみに今日は「浄称堂の傷薬」として紹介されている話をしたのですが、出典不明です。和尚さんとカッパのやりとりなのですが、和尚さんがキッチリした方で、「その薬が本当に効くのか、自分の身体で試してみなさい」とか、「心は優しいけれど抑える点は厳しい」感じ。「坊さんとは、自分の価値観だけではないく、仏教を学んで実践している故に信頼され尊ばれる」のだろうな…と身につまされたり自省の念を生じたりします。

コンサート体験

6月 14th, 2018 | Posted by Sato in 日々の姿 - (コンサート体験 はコメントを受け付けていません。)
 いささか旧聞になってしまいましたが、14日は文京区私立幼稚園の「人形劇を見る会」で、年中・年長さんはコンサートに行きました。もう40年以上も続いている行事で、逆算すると園長も初期には参加したのかも…?というものです(当時は日比谷公会堂だったそうです)。
 例年いろんな演し物があるのですが、今回はコンサートでした。元々保育関係の方ですので、歌と言っても手遊びのついたもの・遊びになっているものが大半。運良く砂かぶり席だったこともあり、ロビーのホワイエに設置されたモニターでは、ピョンピョン跳ねている後ろ姿が映っていました(笑)。
 子ども達、非常に楽しんだだろうとは思うのですが、同時に「2階席だったら辛かったな」という思いもしました。ローテーションで回るものですので致し方ないですが、来年は多分2階になります。
 さきほど職員室に、コンサートで聞いた歌(手遊び)がピアノの伴奏付きで聞こえてきました。年少組だと思うのですが、早速活かしてくれているようです。手遊びというのは、歌だけのケースも多いのですが、伴奏がつくと子ども達も歌いやすい面があるようです。コンサートではギターを使っていました。ギターいいなぁ。私もウクレレ出してこようかしら。でも、出しやすいコードが違うので移調必至…。
 ともあれ先生方も「あの時の譜面が…CDが…」という声も聞こえてきているので、子ども達も熱いうちにポチッとします。

繰り返すから

6月 6th, 2018 | Posted by Sato in 行事 - (繰り返すから はコメントを受け付けていません。)
 「子どもにとって、試行錯誤は大切です」と言い、「繰り返すことが練習の本質ですね」と言いながら、やっぱり大人にとっても同じ事だなぁ、と思う事がありました。
 今日は近くの専門学校から、1年生さんが見学に来られました。この春高校を卒業した方たちが主(我が長女と同学年です)で、もしかすると「幼稚園に入るのは、自分が卒園して以来」という方もあったかも知れません。その方達に、「幼稚園って、こんな場所ですよ…」というご紹介をするのが私の役目。それなりに重責です。
 雨の予報が出ていたこともあり、事前に担当の先生からも「雨の場合は、登園風景の見学をどうしましょうか?」「それに応じてスケジュールはどうしましょうか?」「事前に伝えておくべき点は変更ありますか?」など、事細かなお問い合わせ・ご相談もいただいておりました。
 いざ予定の時間となると、やっぱり雨…。最初の予定では20分程度の見学を考えていたので、その分も私が「何かをして」保たせることに。お話ばかりでは辛かろうと思って、いくつかのワークも用意しました。
 有り難い事に、学生さん達は概ね真剣に話を聞いてくれました。「七・五・三」と言って、「話を聞いて理解しているのは小学生7割・中学生5割・高校生3割」とか揶揄されることもあるのですが、「やはり自分から志望し選択して入った学校では違うんだなぁ」と感心しました。
 私じしん、話す側としても、彼らの授業の様子は分からないのですが、ここ数年かけて園内で行ってきた色々な研修・実習とか、たんぽぽぐみでお母さん方とワークを行ってきたことが使えたのも良かったと思います。グループで話し合って発表したり、実演してもらったり、一対一で語ってもらったりと、いろんな形式を取り入れてみました。
 それにしても、「何回も繰り返すことで上手になる」のは王道ですね。先生方が書いた子どもの記録でも、「先に折紙を完成させた子が、周りの子に教えていました。それも回数を重ねるごとに説明が上手になって。繰り返し行うゆえですね」とありました。
 ともあれ…今日の経験が、彼ら彼女らの将来に向け、何らかの糧になってくれることを祈ります。
 幼稚園の見学はいつでも歓迎です、とお話しましたので、もしかすると今後も来て(遊んで)くれることがあるかも知れません。

考える姿

6月 4th, 2018 | Posted by Sato in 保育論 | 行事 - (考える姿 はコメントを受け付けていません。)
 今日は「時の記念日の集い」。実際には10日なのでかなり前倒しなのですけれども、諸般の事情で…行いました。
 昨年度の「ねはん会」で好評だったこともあり、「幼稚園内にある、大きな時計を集めてスライドを作ろう」と考え、あちこち見て廻りました。今日はお御堂参りもあり、結構バタバタとした製作だったのですけれど、何とか間に合わせることができました。
 原理は「お花探し」と同じで「この時計、どこにあるかな?」というものなのですが、子ども達には「指先ビーム」で「あっちにあるよ!」を示してもらいました。
 その中でも一番難しかったのが「旧園舎の柱時計」です。たんぽぽぐみに通っていた子であれば目にしていたであろう、とは(うっすらと)思うのですが、年長さんは多くが知っていたものの、年少さんで知っている子は少数派でした。
 そこでは「柱時計」という名前で教えたのですが、これがのちのち「考える」きっかけになりました。
 司会の先生が「日本で初めての時計(漏刻)は、こんなに大きかったのです」とか紹介してくれて、全体の振り返りをしていった時のことです。
 例の「柱時計」…を言おうとしたら、子ども達から「ふるどけい!」という声があがりました。先生「うーん、もうちょっと…」 C「大きなふるどけい!」 T「あー…(柱時計なんだけど…)」 C「大きなノッポのふるどけい!」とまで行ったかは定かに覚えていないのですが、子ども達にとって「アレ」は「大きなノッポの古時計」なのですね。
 思えば、時計の分類はかなり実利的というか機能的というか、素っ気ないですね。「腕」「柱」「壁かけ」「目覚まし」「懐中」など。物語がないので、子ども達にはつまらないのかも知れません。
 しかし、子ども達の考えは面白いですね。知っている「大きなノッポのふるどけい」という言葉から、名前を想像していったのですから。「持っている材料から考える」。当たり前のことですが、「材料を与えないで考えよと言っても仕方ない」ものです。私も時々やってしまいます…「自分で考えなさい!」と言いつつ「反省しろ!しおらしくしておれ!」としか意味のない発言を…。
 「考えるためには、材料を集めてから」。両方を合わせて「考える」と呼ぶのかも知れませんが、持っている材料の差が大きい時には、特に気をつけねばなりませんね。

見ていて飽きない

5月 30th, 2018 | Posted by Sato in 日々の姿 - (見ていて飽きない はコメントを受け付けていません。)
 ところ…それは、砂場です。もちろん「誰もいない砂場」ではなく、「子ども達の遊んでいる砂場」。最近は気温が高くなってきたこともあり、年少さんもかなり砂場に出てくるようになりました。そして、早くも「富士山」…大物を作ったりしています。活動としてはシンプルですが、「みんなで作り上げたんだ!やったー」と評価するには格好の作品。ウキウキして終えることができました。
 そして更に年長さんが手を加え…というか水を流して川や湖を作ったりしました。「もっと水ちょうだい」とか、やり取り?役割分担?の姿も見られます。
 今日は年少さんが一クラスでまるまる砂場を使っていました。一人一人の関わり方や関心の焦点は異なっています。つまり厳密に言えば、みんな違う遊びをしている。けれど許容してくれるというか一緒にいられる。「学校」という括りの中にありながら、「各々の好きなことができる」。砂場ってありがたいですね。

第1回見学会

5月 30th, 2018 | Posted by Sato in 行事 - (第1回見学会 はコメントを受け付けていません。)
 本日は、31年度入園に向けて第1回の見学会を行いました。参加して下さったみなさん、ありがとうございました。幼稚園や先生方の雰囲気を感じて頂けたでしょうか。
 予定では「主活動も見ていただこう」とか考えていたのですが、午前保育ということもあり、朝の園庭遊びをみな長めにとっていたようです…遊びと一斉活動の切り替えの姿を見て頂けたでしょうか。
 朝の会などの姿をご覧になると、「一年であのように育つのかしら…」という不安を覚える方もあるとは思います…が、毎年いらっしゃいます。そして、その子も「今年の年少さん」に含まれているのです。
 途中で「よい姿勢で椅子に座る時間」がありました。担任が一人一人、背中に触れて姿勢を正しています。それを3年間続けて、「良い姿勢を、しようとおもえばできる」まで育つものだと思います。現代では家庭で「よい姿勢でいなさい」と言われることは稀だと思います。学校でもどの程度重視しているのかは分かりません。けれど、「よい姿勢とは、こういうもの」というのを3年間伝え続けて、漸くみんなでできるものです。見学ですと、ついつい「できている」子に目がいってしまうものですが、子どもの育ちは一人一人。「いずれ卒園までには」というスケールで考えております。
 ご家庭が「姿勢なんてどうでもよい」という考えですと、幼稚園とはそぐいません。「幼稚園では、そういう時間もあるよね」という程度の受け止めで結構です。しかし、結構美しいものですよ。子どもが背筋を伸ばして座っている姿は。
 次回の見学会は6月28日です。今回とはまた違った姿が見られると思いますので、どうぞ多くの方にご参加いただければと存じます。

女王様です

5月 29th, 2018 | Posted by Sato in 日々の姿 - (女王様です はコメントを受け付けていません。)
 何だか湿気が高くなってきました。子ども達も少しお疲れ気味かも知れません。そんな中、玄関の絵が架け替わりました。「ユリの女王」と呼ばれる、カサブランカです。
 今回も、文京区の「ボタニカルアート・はなの会」からお借りしております。花言葉は「祝福」「純粋」など。クリスマスローズのように長く開いている花ではないのですが、何とも気品のある、美しい花ですね。
 また、何と「母親になった女性の、神聖な美しさ」というのもあるそうです。お母さん方の子どもに向ける愛情や一生懸命さには、いつも心を打たれます。まこと「有り難いこと」です。母の日は過ぎてしまいましたが、昔から「育児をする女性」の美しさをきちんと認め、この花に託しているのは感慨深いものです。
今度玄関でご覧になったら、「私の花なのね」と思って見て下さい。

好きが高じて

5月 28th, 2018 | Posted by Sato in 保育論 | 日々の姿 - (好きが高じて はコメントを受け付けていません。)

freedesignfile.com

 今日は曇天でしたが、無事にお御堂参りをすることができました。お話は「絵から抜け出た馬」。これも中々示唆に富んでいると感じました。
 焦点は小僧さんなのですが、「お経の勉強はやらないで、暇さえあれば好きな絵を描いていました」というのですから、現代も同じ…ような光景は見られますね。和尚さんに見つかっても、やめない。するとそのうち上手になるわけです。
 馬の足跡は、小僧さんの部屋まで続いていました。不審に思った村人や和尚さんに問い詰められて、ついに「絵を描いていた」ことを明かします。
 その後の展開が、救われます。「そんなに好きで上手ならば、絵を描いて周りの人に差し上げなさい。いいものなら、みんな喜んでくれますよ」と終わるのです。麦のことは、取りあえず不問。お経の練習をしなかったことも、取りあえず不問。自分の才能を活かしたことをやり、周りに喜んでもらう。ああ、いい展開です。
 私の知人の中でも、「この子は芸術関係が好き・得意」ということで、いろんな稽古もして、コンクールに出たりして…。でも「やっぱり勉強(も)させます」と、どこかで「勉強できます!」コースにシフトしていく子は多いようです。まぁ、それが現代いちばん堅実なルートだとは思うのですがね。
 件の小僧さんが、その後どうなったのか…お経ができずに放り出されたか、お寺を捨てて絵の道に進んだのか、はたまた「絵を描く坊さん」として生きていったか、…分かりません。分かりませんけれど。
 私としては、「絵を描く坊さん」が一番いいな、と思います。坊さんというのは、実は幅広い活動ができるのですから。「お経を読んでいる」だけが坊主ではないのです。

並んで歩くのも

5月 25th, 2018 | Posted by Sato in 行事 - (並んで歩くのも はコメントを受け付けていません。)
 昨日は年長さん、先生と一緒に小石川消防署へ見学に行きました。
「現場で一生懸命働く大人」に触れることも、「消防自動車」を見ることも「消防士さんに質問すること」も、みな「年長さんならでは」の活動でありますが、写真のように「交通ルールを守って歩いて行く」のも目的の一つです。
 実際、幼稚園の指導要領には「社会生活との関わり」という項目があり、「公共の施設を利用する」際のマナーについても、触れるようになっているのです。普段の登園ではどのような場所を歩いているか分かりませんけれど、一応「幼稚園の教育時間の中」ですので、このように歩いています…。
 さて、私が現地で目を見張ったのは「消防士さんへの質問項目」です。「どんな質問でも、全部答えますよ!」と頼もしく言ってくださったのを受けてか、かなりの数でした…そして「およそ目につくもの、全て知りたい!」とばかりの勢いでした。「あれは何ですか?」、「どうなっているのですか?」「どうしてですか?」と聞き方も多彩です。消防士さんの階級章まで聞いていたのは「よく見ているな〜」と感心しました。
 対応頂いた小石川消防署の皆さん、そして訓練で真剣な姿を見せて下さったみなさん、ありがとうございました。戻ってから「自分も消防の仕事に就きたい」と言っていた子もいるようです。