明照幼稚園

「敬」老について。

9月 12th, 2017 | Posted by Sato in 保育論 | 日々の姿
 昨日発行の「幼稚園だより」でもふれ、各学年の「今月のお約束」でも取り上げている「敬老」という態度、あるいは思考・また運動について、ツラツラと考えてきました。
 まずは辞書的に引いてみましょう。「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」と「国民の祝日に関する法律」にあります。もうズバリと。法律で決まってる。
 「だより」でも「父の日・母の日」や「お盆」との関連を探ろうとしていたのですが、これは決定的に異なるのですね。「社会につくしてきた」が決定的に違うのです。他は全部「家庭内・家族関係における」なのに、これだけが。
 まあ、「国が定める法律」だから当然と言えば当然のこと。家庭内のことに法律が踏み込むのは物凄く危険なことと考えられていますから、あくまで「社会との関わりにおいて」定めるのですね。
 そう、さっきの4つのうち、これだけが法律に規定されている(祝日)なのです。因みに父の日・母の日ともにアメリカ発祥。お盆は多分、中国の影響かと思います。7世紀初頭の話かと。「おっと…」と思い出すのは「こどもの日」。これは同じく「国民の祝日」ですね。「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」と規定されています(余談ですが、”母”だけでいいのかな…どこかから突かれないかな…心配です)。

 法律というのは「既にそれが実在し、そのことで社会の維持に困難を来す」ことの排除を狙う訳ですから、昭和20年代ですでに「お年寄りの扱い」について実際の問題があり、また問題意識があったことが覗えます。
 お御堂参りの参考にしようと思って昔話を引けば、「姥捨て山」ばかりがヒットする。「昔むかし、あるところにお爺さんとお婆さんがおりました」で始まる話は多いのですが、その必然性って、あまり高くないような気がするのです。「昔々、ある若い夫婦がおりました。旦那は山へ芝刈りに、妻は川へ洗濯に行きました」でも物語として成立する…「老人だから桃太郎に云々」はないのではないか?(笑)
 しかし「若い夫婦がおりました。仲良く幸せに暮らしておりました」では物語になりません。トリックスターも不思議な力も、お地蔵さんだって出る幕がない。「貧乏・年より」というのは、物語のための環境というか舞台になっている気がしてなりません。何とか太郎とか一休さんとかも似たような者。「社会のメインストリームで成功している人」は、伝記にはなるでしょうけれど昔話にはならなさそう(伝記の実態は、”若い頃の苦労話”でしょう)。
 老い、というのは仏教では「四苦八苦」の2番目ですから、相当根本的な「苦=思い通りにならないこと」です
。「そのことを知れ、身に付けろ。そこから”余計な想い”を捨ててゆくのだ」というのが多分(笑)仏教だと思います。
 ともあれ、無限に深掘りしてしまいそうなので、ここまでで。
 今日は年少さんの「敬老はがき」お手伝いで写真を撮りました。みんな幼さが抜けてきた感じです。

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