明照幼稚園

福島へ

6月 23rd, 2011 | Posted by admin in 保育論
昨日は水曜日で半日の保育だったのですが、園長は一日お休みをしまして、福島県のある保育所へ行って来ました。以前、創立周年事業で「松鶴家ぽん」さんに来て頂いたのですが、その方が被災地の慰問に行く、保育所に行くということで、お手伝いをしつつ現地の様子を見て来ました。  津波(2m位)が海岸線から4km侵入し、住宅街がまるまる壊滅してしまった地域も見学しました。放射能線量が高く(緊急時避難準備区域だそうです)、重機を使っての「ならし」後は殆ど何も進んでいない印象でした。あちこちに芽吹いている草の青さが印象的でした。  さて、今回お伺いしたのは、地域の公民館を3つの私立保育所で借り、共同運営している所でした。約30畳に子ども51人。それでも「戻ったり避難したりの生活をしている中で、3園の2割くらいが今は通っています」との事でした。ショーで大喜びの子ども達を見て、「ああ子ども達は笑いたいんだな、大人達は子どもの笑顔を見て笑いたいんだ、子どもの声が響いているっていいなぁ」という事を改めて感じました。現地はとにかく静かで、歩いている人も殆どいないのです(車はかなり走っています)。  そして…。東京で、もしも何らかの理由で「避難生活」となった時、幼稚園では何ができるか、どういう問題が起こりうるのかも色々考えることができました。具体的なことは状況によって変わると思いますが「子どもの笑顔を見られる場所として、できる事をやり続ける。今の形態に拘りすぎない。平生の常識とか限界は一旦横に置く」「インターネットなど、デジタルを使いつながりを作る事は有効」「地域・普段の人づきあいが大切。個と個の繋がりや縁の広がりが問われている」「行政には予め想定して問い合わせないといけない。何の可能性があり、何のがないのか。待っていても埒があかない」など、基本的なイメージは得られたと思います。そしてお寺でもあります。「困っている人がいたら助ける」それがお寺の存在意義になると思います。常ならぬ世の中=無常を生きる中で、お寺が存続する意味も、現代に即して見いだしていかねばならないと思いました。

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