明照幼稚園

宗教者と原発

1月 18th, 2012 | Posted by admin in 保育論
昨日の夜、シビックセンターで開かれた「宗教者と原発問題」の勉強会に出てきました。宗教者として、あるいはお寺を運営する者として、この問題に何か関われないかということです。現状正直言って、出来ることは多くないと思いますが、それでもいくつかの具体的な行動を考える事ができました。その中でいくつか印象的な言葉がありました。「全ての命が、天寿を全うできるようにするのが宗教者の役目ではないか」「信仰とは、怒り(悲しみ)を持って真実を求める事だと思います」「人と会える喜び、再会できたよろこびの涙を流して初めて、今後の事が考えられる」「間違えたと分かったら、潔く止める(拘りを捨てる)べき」等々。また、原発労働者の話も出ました。私も本を読んだりしているのですが相当に過酷な環境で働く人たちを必要とする原発を動かし続けるという事を、「オール電化」は前提としているのかな、とか考えをめぐらせたりしました。私の出身高校は東電と関わりの深い方が多いので複雑な思いです。そして、改めて「教育とは」を「○○を持って○○を求める」と言えるのではないか、とか考えました。取りあえず「願いを持って種をまき続ける」事かしらと。

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