明照幼稚園

いまさら「ゆとり教育」を考える

11月 17th, 2007 | Posted by admin in 保育論
すでに基本路線として否定されてしまった感のある、文部科学省の「ゆとり」路線ですが、天の邪鬼にも改めて「正解だったのかも」と思います。でもそれは、「ゆとりのない状態・状況とはどんなものか?」の捉え方によるものです。『文芸○○』に、数学者の藤原正彦さんが書かれた文章を読んで、なるほど今の日本人は「経済一辺倒」で来たな、と感じます。それが経済活動に関わる人たちだけでなく、全日本人の考え方を支配していると。実はこれこそ、「ゆとりのない状況・考え方」を生んでいるのではないでしょうか。子どもが消費者の目線で世の中を見たり、効率最優先で考えようとしたり、大人も「それに何の意味が?」と常に問うたり、取りあえず何でも「必要なんですか?」と言ったり。これみんな、「ゆとりのない状態」ではないでしょうか? とすると、それに抗する「ゆとり」とは、「すぐに役には立たないが」の何かを教える、あるいは学ぶ場を提供することではなかったでしょうか。学校は、授業を削減したなら(実際には内容を削減したのですが)その分、「休み時間」として子どもが勝手に遊ぶ時間を確保すべきだった。それが「ゆとり」を保証することになったのではないかと思います。 尤も「週休2日制」も労働条件の問題から出てきたので、その時点で「しょうがないなぁ」なのですが…。自らが手を引くことでなく、積極的に「ゆとり」を作り出す、保証するところまで行けば、何か別のあり方が見えたような気が、今更ながらしております。そしてきっと、親としても。

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