明照幼稚園

スピード

3月 10th, 2007 | Posted by admin in 保育論 - (0 Comments)
先日、来年度から始める課外の「無料体験会」があった。色々あらたな発見があったけれど、その筆頭は「スピード感」であろう。普段は何の理由もなく「子どもにはゆっくりと提示するのが大切」とか思っているが、見事覆された。とにかく早い。でも同時にビックリするのは、それについて行く子ども達の能力。で話を聞くと、「子ども達は心臓が小さくて、早い鼓動で動いている。だから興味もすぐに移っていくけれど、スピードを求めているんです。子どもに合っているんです」という。ガガーン!そうか。繰り返しとセットになっている故だなと思いつつ、手遊びなどで速いテンポを子どもが好むのも宜なるかな(むべなるかな=その通りだ)と思ったりする。「子どもが”良く見なくては”と思うために、背の高い順で並ぶ」に似ているな、このやり方は。きっと脳科学でもその辺りは証明されているんだろう。きちんと調べてみたい。
先日、職員の先生たちと「食育」の研修会がありました。赤堀栄養専門学校の先生にお越し頂いて、「幼稚園としての食育、どうしていきましょうか…」といった辺りのベースとなるお話しをしていただきました。 で、一番おどろいたのはピーマンの話。普段お店で売っているピーマンって、緑色ですよね。私はそれが「完成品」の姿だと思っていました。だから、去年自分で栽培して、最後の1個が赤くなってしまったのを見て「病気にでもなったか」と思っていたのです。しかし!しかぁし! ピーマンは熟すと赤くなるんだそうです。つまり緑ピーマンは未熟な姿。苦い辛いも当たり前だという事です。 でも思えば、食というのは自分の体と健康を維持する、という大切な機能があります。「おいしい、楽しい」も勿論食の一面ですが、健康維持という観点から食を語ることで、子ども達も「納得して」食べようとするカモ知れないな…等と思いました。

スキンシップ

2月 19th, 2007 | Posted by admin in 保育論 | - (0 Comments)
川合月海先生という方があって(故人)、著書によれば日本保育協会・保育科学研究所所長さんなのですが、最近この方の本集めに凝っている。「心のしくみを科学的に解明する」という、結構大それたことを掲げていらっしゃるが、ハッとするような知見が多い。「人間にとって最も大切な欲は”集団欲”、そのために幼児に必要なのは①母親からのスキンシップ、②母親の言葉かけ、③母親の笑顔」とか、「不安や怒りがあると、感情と意志の成長は止まる」とか、かなり明確に、それこそ明文化して述べている。その中で一番「ウッ」と思ったのは「1日に1回を限度に、時には息が出来なくなる位抱きしめると、子どもは安心する。1回につき8秒。」というもの。これは沢山の子どもで実験したんだそうな。5秒…10秒…と。その時の表情から、子どもの満足具合を測定していって、この結論が出たんだそうです。 実験では、母親、看護婦(女性)、父親の順で効果があったんだとか。父の出番はまだ先なのかも知れない。しかし、抱っこしても泣き叫ぶ赤ちゃんに、歌をうたってやると(特に明るい曲)泣きやむ、という経験はたしかにこの説を裏付けていますな。

国語・言葉教育

2月 10th, 2007 | Posted by admin in 保育論 - (0 Comments)
今日はお坊さんとして、ご法事…90才で亡くなったお婆ちゃんの1周忌だ。その息子さんは、中学校で国語の教諭をしておられる。ご供養席で国語教育について水を向けてみた。イヤ!情熱的。結構盛り上がってしまった(お婆ちゃんの、お孫さんも塾で国語の講師をしておられるとの事)。 曰く「小学校入学時、国語が好きな子は8割なのに、卒業時には2割になってしまっている」。普段の生活で使う「言葉」なだけに、「好き」な子が減っていくのはとても問題だと思う。そして、そのキーは漢字だ、と先生は話していた。「読んで、意味が分かって、書けて」できた、とするのが今の教育だけど、「読んで、意味が分かって」の時点で良しとしてもいいのではないか。普段使いの言葉をきちんと漢字で読めることが大切ではないか? おっ!その通り!! 漢字「を」教えるのではなく漢字「で」教える。その発想の転換は幼児教育でも共通すると思っている。

国語・言葉教育

2月 10th, 2007 | Posted by admin in 保育論 - (0 Comments)
今日はお坊さんとして、ご法事…90才で亡くなったお婆ちゃんの1周忌だ。その息子さんは、中学校で国語の教諭をしておられる。ご供養席で国語教育について水を向けてみた。イヤ!情熱的。結構盛り上がってしまった(お婆ちゃんの、お孫さんも塾で国語の講師をしておられるとの事)。 曰く「小学校入学時、国語が好きな子は8割なのに、卒業時には2割になってしまっている」。普段の生活で使う「言葉」なだけに、「好き」な子が減っていくのはとても問題だと思う。そして、そのキーは漢字だ、と先生は話していた。「読んで、意味が分かって、書けて」できた、とするのが今の教育だけど、「読んで、意味が分かって」の時点で良しとしてもいいのではないか。普段使いの言葉をきちんと漢字で読めることが大切ではないか? おっ!その通り!! 漢字「を」教えるのではなく漢字「で」教える。その発想の転換は幼児教育でも共通すると思っている。

『祖国とは国語』

1月 23rd, 2007 | Posted by admin in 保育論 | - (0 Comments)
昨年のベストセラー『国家の品格』を著された藤原正彦さんが、それ以前に書かれた本です。何気ない時間つぶしと思って購入したのですが、(そういう時はタイトル勝負ですね!)非常に刺激になりました。「まず豊かな日本語を」というのは、漠然として持っている想いだったのですが、それを明確な形で示してあったのです。どんな言葉を使うか、が集団を形作るというのは、スケールを相当小さくしても通用する話で、いわゆる「高校生言葉」とか「家族内言葉」とかも原理は同じと考えられます。そして明らかに!「幼稚園言葉」もあると思います。それが良いのか悪いのか…は更に考えていかなければならないのですが、少なくとも「気づいた」ことは出発点ですから。 「幼稚園時代は人生の基本を作ります』と言うのならば、言葉の指導は避けて通れないのは明らかです。

『祖国とは国語』

1月 23rd, 2007 | Posted by admin in 保育論 - (0 Comments)
昨年のベストセラー『国家の品格』を著された藤原正彦さんが、それ以前に書かれた本です。何気ない時間つぶしと思って購入したのですが、(そういう時はタイトル勝負ですね!)非常に刺激になりました。「まず豊かな日本語を」というのは、漠然として持っている想いだったのですが、それを明確な形で示してあったのです。どんな言葉を使うか、が集団を形作るというのは、スケールを相当小さくしても通用する話で、いわゆる「高校生言葉」とか「家族内言葉」とかも原理は同じと考えられます。そして明らかに!「幼稚園言葉」もあると思います。それが良いのか悪いのか…は更に考えていかなければならないのですが、少なくとも「気づいた」ことは出発点ですから。 「幼稚園時代は人生の基本を作ります』と言うのならば、言葉の指導は避けて通れないのは明らかです。

ちいさな「ありがとう」

12月 17th, 2006 | Posted by admin in 保育論 - (0 Comments)
さて、年中組の「特別保育」が始まって2週間。私が主になって6年目になる。内容は、その時ごとに少しずつアレンジしているから毎年同じではないけれど、力点が変わってきたと感じる事がある。 第1週の「みんなのなまえ」。教室中に隠されたカードを集めて自分の名前を作るんだけれど、見つけた物の中には当然、自分には不要の物がある。それをどうするか?友達にあげたり、貰ったりというプロセスが生じる。その際気になるのが、「小さなありがとう」。「な、欲しい人〜!」と友達が言っている。欲しくて「頂戴!」という。「いいよ。」で貰って、そのまま自席へ持って行く…。オイオイ、一言あっていいんじゃないの?去年あたりから、それがもの凄く気になる。普段から、小さなことから「ありがとう」「ごめんね」を言い合ってこそ、イザという時にも言えるようになるんじゃないのかしら。わざわざ練習するのは馬鹿馬鹿しいという感覚もなきにしも非ずだが、今時、練習しておいていいような気がしている。

奥ゆかしく 江戸っ子で

12月 13th, 2006 | Posted by admin in 保育論 - (0 Comments)
今日の新聞を読んでいたら、江戸ッ子の美意識みたいなことで、書かれていたのが「駕籠を使える身分になっても、正面まで乗り付けない」というのがあった。地方から都会に出てきて、商売でもして駕籠にも乗れる身分になった。でも、これ見よがしに目的地の店先にまで乗り付けず、ちょっと隠れたところで駐めて、いかにも歩いてきたように到着するのが江戸っ子だったそうだ。 実は私自身にもそういった感覚がある。若いくせに車で行くときなど、いかにも「歩いてきました!」的演出をしたくなるのだ。そうか江戸時代からすり込まれた美意識だったのか。でも、これは当たっていると思う。幼稚園は基本的に徒歩・自転車で。世間というものが今よりずっと力を持っていた時代なのだろうけれど、それは嗜み(たしなみ)のひとつではないかしら。

高塚先生

11月 24th, 2006 | Posted by admin in 保育論 | 日々の姿 - (0 Comments)
えー日本小児科学会の市民公開フォーラムへ行って参りました。午前中はお医者さんたちの会合、午後は一般公開あり、託児あり、おまけに参加無料ということで行ってきました。以前も清川先生が「メディアと子ども」の講演をされていたのですが、今回は更に広い会場で、多くの参加者が集まっていました。 そこで講演されたのが高塚先生。鳥取大学の助教授でございますが、元は高校の教諭でした。10年近くにわたり、高校生と幼稚園・保育園児・老人施設との交流を年間カリキュラムとして実施してこられた方です。高校生たちが、「一度も赤ちゃん・子どもに接しないまま成人して」自らの子どもを育てるのは変じゃない?という発想だったそうです。全く以てその通り。実践記録の彼らのいい顔。いい表情。ぜひ全国的に展開して欲しいものです。 非常にマメな方で、4年ほど前に一度研修させていただきましたが、今だ時折メールを下さいます。 楽しい研修です。機会がありましたら是非!どうぞ。 http://hp1.tcbnet.ne.jp/~taka255