明照幼稚園

花さき山

2月 22nd, 2010 | Posted by admin in 保育論 - (0 Comments)
今日は、恐らく本年度最後の「お御堂まいり」。となれば、あの話をしたくなるのは例年のこと。それは名作『花さき山』。黒ベースの表紙からして何やら重苦しい雰囲気が伝わってきますが、内容は何とも深く、業とか肉親とはとか欲望とか自我とか、色々に想いを馳せてしまいます。 今回、話しながらフト思いました。「こんなに他人を立てたり、自分が我慢することを持ち上げて、現代人にはどう聞こえるのだろうか」と。世の中どうにも、「自分をはっきり主張せよ!」の大合唱のような気がするなかで、「我慢すること」を「人知れず花が咲く」として賛美していいのだろうかと。 (さらに…)
先ほど、たんぽぽぐみさんで新年のご挨拶をしてきました。その後子ども達は、お母さんまでお手紙を郵便屋さん。すると!先生から素敵なプレゼントがありました。おはようブックを入れるカバンです。幼稚園のお兄さん・お姉さんたちと同じように、肩からかけられ、デザイン自由。見分けが付くようにオリジナリティ重視で。毎年いくつものカバンを見ていますが、それぞれの個性がしっかり表れていて、それをコレクションするだけでニコニコしてしまいそうな物に仕上がっていきます。 さて、そんな中で、先生に1人ひとり渡されるカバンを受け取る時「ありがとう」を自然に言える子がいます。素晴らしい。お母さんに促されて「ありがとう」を言える子がいます。また素晴らしい。「はい、どうぞ」「ありがとう」そんな小さなやり取りが生まれる。この気軽さが大事だと思うのです。小さなことでもありがとう。小さな事でもごめんなさい。 私自身も含め、大人もね。

子育ての分担とは…

12月 28th, 2009 | Posted by admin in 保育論 - (0 Comments)
先日、朝日新聞が行った世論調査の結果で、「子育ての分担は夫婦ともに同じくらい分担すべきだ」という意見が74%であったそうです。オオ現代を反映しているな…という感じです。 というのは、「分担を同じくらい」というのは全くイメージ的な表現だからです。オムツを替える回数を半々にするのが、これに当たるのでしょうか?学校見学・幼稚園見学に夫婦一緒に行くのが?「家・夫婦」の行う総量に対して、他の分野はどうなのか?そういった検討を始めると、途端に「半分とは?」が分からなくなってしまいます。どちらかが「任せきり・任されきり」になるのは勿論良くありません。しかし「同じくらい」は見極められない問題ではないかしら、と思うのです。それを言葉の上だけで「同じくらい」というのは「じゃあ現実どうすれば?」に繋がらない、空虚な論のように感じます。 (さらに…)

生で見る人形劇

12月 3rd, 2009 | Posted by admin in 保育論 - (0 Comments)
今日は、バザーの収益金から「人形劇団ひぽぽたあむ」さんにお越しいただき「かえるくんかえるくん」の上演をしていただきました。主催者の永野さんは人形劇の大ベテランで、教諭向けの講習会やワークショップも行っている方です。 その永野さんから、事前に『現代と教育』に投稿された原稿のコピーをいただきました。そこには、生舞台ならではの、子ども達の姿が生き生きと書かれていました。お話の起承転結で言えば「転」の場面。仲良くなった新しい友達が唐突に「帰る」と言い出します。その時の子どもの反応ー以下引用。 幼児だけの観劇のときは、身体をゆすったり、周りを見回したり客席中がゆさゆさ揺れる。一見、観ることに飽きたような空気になる。先生や親に関係の無い話をする子どもがいる。これは創り話なのだと確認しているのか。観るのが嫌なのだろうなあ、辛いのだろうなあと私は推測する。どうも幼児達は感情をそうやって表出し状況を受け入れようとするらしい。 (さらに…)

宮本算数教室

12月 2nd, 2009 | Posted by admin in 保育論 - (0 Comments)
最近、小学校との連携…といったことを考える機会が多くあります。具体的には、入学前検診があったり、我が子の小学校での出来事を聞いたり…がきっかけになっています。 そんな中で、「宮本算数教室」の話を聞きました。問題集もあるのですが、『強育論』という、理念の部分の著書もあり、なかなか重い問題提起をされていました。 「子どもが学ぶのは本能である。よい問題・チャレンジングな問題を与えて、学びたい本能に訴えかければ、子どもは自ら学んでいく。親がすべきは、その問題を探してくる事(見せること)であって、励ましたりさせたりする事ではない。問題が解けたご褒美は、もっと難しい問題。親は余計な事をしないのが一番」とまあ、私の解釈によるとこんな感じです。 (さらに…)
実はもう結構前に保護者の方からいただいた「卒業の言葉」の記録がある。それは、アメリカにある「日本語学校(補習校)」のもので、つまり「日本人だが現地校にかよう子が、日本語や日本文化を学ぶための学校(現実には、"日本人"でなくても通えます)」、その6年生が卒業の時に読んだ答辞である。日本国内とは恐らく比べものにならない程の「多様性」の中、自らの「依って立つ所=土台」を問われ、求めていった彼ら・彼女ら。また、その親御さんたち。きっと日本に居るのでは想像つかないような経験をされているのでしょう。こういった学校は、勿論数多くある訳ではありませんから、通うのも一苦労でしょう。答辞からもそれが覗えます。週1日の学校ですが、イコール現地校の「土曜日お休み」をそのまま充てているという事でもあります。現地校の上乗せでなく、恐らくアイデンティティ確立に寄与するための「学校」。日本の「週休2日制=土曜日休み」が塾に費やされている事が多い、という現状に比較して、学ぶべき姿勢であると思います。 (個人の方が情報をまとめています) http://joho.ironmannet.com/japanese/05.htm

いのちに触れる

9月 23rd, 2009 | Posted by admin in 保育論 - (0 Comments)
最近、石川県の「金森俊朗」先生の本を読んでいます。そこで先生が小学生たちに経験させたいのは、「生きることの原風景」だそうです。自らが生きる時に参照する風景。生き様の原点を持たせたい、という事のようです。普段生活している間は、「原点などというのは余り気にならない」のかも知れません。しかし、イザ何かが起きた時や、大きな決断をする時に、自分がどんな原点を持っているのか、はそれを決定づけると思います。「どっちでもイイけれど、どっちがベターなの?」を考える時にも。 そのために、子どもには本物を、真実を知っておく必要があるのではないか。それが先生の出発点になっていると思います。もちろん、先生自身の過去の体験と、そこから導かれる価値観も描かれています。 (さらに…)

宝物・タカラガイ

9月 5th, 2009 | Posted by admin in 保育論 - (0 Comments)
私にとっての夏休みは、家族と共に行った沖縄です。伊江島という、美ら海水族館の正面に見える小さな島へ、もう10年近く行っています。デパートもちろんなし、コンビニ2軒、信号5カ所ぐらい、という所ですが、とにかく海が綺麗。海岸が綺麗。島の最終日の朝は決まって、みんなで海岸線に「拾い物」に行きます。 今年の私のテーマは「タカラガイ」。小さい物なら、それこそ無数に落ちています。 殆どが白地に紫なのですが、一つずつ確かに色が違います。また時折、違う色のものを見つけます。それもまた楽しい。子ども達が知っている「間違い探し」で使った貝は、その時の収穫です。 「拾うだけ、集めるだけ」の遊びですが、大人も含めて結構楽しみました。かなり日焼けしましたけれどね。

ラッキー

7月 7th, 2009 | Posted by admin in 保育論 - (0 Comments)
もう何10年と、「ツイてる」とかそうでないとか、あまり気にしていなかったけれど、人間の運気には確かに波というか固まりがあるようで、良いスパイラルとか悪いサイクルというものが、やはりあると感じるようになってきました。 「どうにもならない!」とお互いギスギスしている時に、「仕方ない」と言うと、電話がかかってきて環境が変わり、セーフになってしまったり、モタモタしていて出かけるのが遅くなったら、うっかり忘れていた来客があったり。自分の力の及ばない所での変化によって助かると、本当に「ラッキー」と思います。 けれどもこれは、「これは本当に、ラッキーと言っていいことなのか?」という吟味を経てからでなければならないと思います。雨が降らなかったのはラッキー。だけれど電車で席を譲って貰ったのはラッキーではなく感謝すべき事。自分の周りが、言わずままに環境を作ってくれているのであれば、その事に気づかなければならないと思います。「たまたま」うまく行ったのか、「誰かの配慮のお陰で」うまくいったのか。それを見落としてはならないと思うのです。もしも、何でもかんでも「ラッキー」に見えていたら、その時はきっと「誰かへの感謝」を見落としている。そう自戒していかなければならないと思います。

お母さんからの詩

7月 5th, 2009 | Posted by admin in 保育論 - (0 Comments)
今日のお誕生日会で紹介させてもらった本は、私も最近知ったのですが、音楽の「エイベックス」グループで出しているもので、約10年前に活動が始まったそうです。私たち職員は、もちろんプロとして勉強・研究をしながら仕事として子ども達と関わっていますが、子どもの「人生に関わる」という事は、勉強ではすまない、個々の経験というものに立脚している部分が大きく、何事もよく知っていなければならないと思います。赤ちゃんが宿ったと知ったとき、胎動を感じたとき、出産が迫ったとき、産声を聞いたとき。1人ひとりの子どもが誕生した、その瞬間のお母さんの気持ちは、どんなものなのか。究極的には経験しなければ分からないのでしょうけれど、少しでもそれを知っていたい。ご本人にも想い出して欲しい。そんな思いでご紹介いたしました。 幼稚園でも、それぞれの子どもの門出…幼稚園への入園時の姿を原点として、1人ひとりの成長を見つめていきたいと思います。