明照幼稚園

自然のめぐみ

1月 24th, 2018 | Posted by Sato in 日々の姿 - (自然のめぐみ はコメントを受け付けていません。)
 過日のこととなってしまいましたが、東京でも2年振りの積雪ということで、登園時間の変更につきましては、ご対応いただきありがとうございました。
 形通りの対応では「警報が解除だったら通常通り」となるのですが、今までの経験を踏まえ、「遅れての登園」としました。道がぬかるんだり、自転車が使えなかったりという不便はあったかと思いますが、概ねみなさん登園することができ、安心しました。思わず「大変な中、よく来てくれたね」と子ども達に声を掛けました。
 各クラス、明るい日射しの下で、雪と遊ぶことができたようです。朝は朝なりの、午後は午後なりの…それぞれの状態に合わせて…遊んでいました。
 朝は雪合戦や雪だるま。昼からはかまくら…といった感じです。程よい寒さのおかげで、溶けてベチャベチャになってしまうこともなく、まさに「満喫」という感じでした。年少さんは「部屋に戻って床暖房で暖まりました」とのこと…微笑ましい姿ですね。
 考えてみれば、雪も「自然からのめぐみ」です。「外に落ちている」…誰かの所有物でもなく、扱い方が決まっていないもの。それは、どんぐりや石ころと同じ属性のものです。
 よく、農作物を「自然のめぐみ」と呼んだりしますが、実際には「農家さんの手が入っている」ことが多く、「沢山の人の力があって手に入るもの」という、「周りの人に感謝しましょう」という色もついているように感じます。まぁ、子どもからは「自生している木の実」と「畑で寝かせている長ネギ」の、属性の違いなんて分かりませんけれど。
 おっと脱線してしまいました。ともあれ、「自然のめぐみ」は子どもにこそ相応しいものだと思います、前記の属性によって。そして、その「自由さ」が遊びにつながり、創造力につながり、将来を切り開く力に繋がる…かと思うと、

多少寒くても、雪で遊ばせてあげよう

という気になります。

座れるんだ!

1月 16th, 2018 | Posted by Sato in 日々の姿 - (座れるんだ! はコメントを受け付けていません。)
 珍しくも、二日続けてお御堂の記事です。今日は、たんぽぽぐみさんと年長組(つきぐみ)が一緒にお御堂へお参りしました。たんぽぽさんにとっては探検というか初詣?でしたが…。
 写真では頭ばかりが写っていますが、よく見ると年長さんが小さい子に対して非常に気を遣って登っていることが分かります。自分たちはスイスイあがれますけれど、小さい子にとっては結構な段差。ちゃんとテンポを見守り、落ちないようにしっかり手を握っています。たんぽぽさんも、不安があるゆえか、掴まっている様子ですね。
 階段を登りきり、お御堂につきました。正面には仏様の大きな像。明らかに「日常とは異なる」雰囲気です。「初めてお御堂へ行ったら、怖くなって泣いてしまう子もいるかも知れない」と心配していた年長さんでしたが、どうやらそれはありませんでした。
 さて、本堂では正座です。自分たちはすぐにできるのですが、「この子、できるのかな?どうやって教えたらいいのかな?」と、すぐに考えを巡らせたようです。そして見てみると…「座れるんだ!」
 それを見つけた時、お兄さんの顔には驚きと安堵の表情が浮かんでいました。私を見て、嬉しそうな目線を送ってくれました。
 ああ、こんなにも小さな子へ思いを寄せられるのだ。いつの間に、誰から学んだのかは分からないけれど、「それをするのが自然・当然」と、面倒を見てあげられる。このような姿を「立派な年長さん」と呼ぶのだろうなと思いました。
 家庭に戻れば妹・弟かも知れない。一人っ子かも知れない。けれど、幼稚園という空間では年長者としての振る舞いができる。下の子の思いをくみ取り、自然に手助けできる。「平和とは、これだな」。私の嘘偽りのない感想です。

鴨とアヒルと白鳥と

1月 15th, 2018 | Posted by Sato in 日々の姿 | 行事 - (鴨とアヒルと白鳥と はコメントを受け付けていません。)
 今日は三学期初めてのお御堂参りでした。先週末の先生方の日誌に「休み明けゆえか、まだ落ち着いていない様子が見られる」とあったので、いっその事「ハッキリと笑える話」を探していました。
 で、見つけたのが「鴨とり権兵衛」です。飛んだり落ちたり、自分の意思ではなく「大きな力」に触れるとか、落っこちて尻餅をつくとか、やり取りの繰り返しがあって、「ハイ、ここ笑えますよ」が明確なのです。
 子ども達にとって「久しぶり」であった筈ですが、お祈りの姿も落ち着き、素話でも「笑う所は笑う、聞くところは聞く」というメリハリがしっかりできていました。本当のオチは「救助の布を持っていた四人が頭をぶつけてしまい、出た火花で火事になってしまいました」という、かなり大惨事の終了なのですが、「無事に着地でき、家に帰ることができました、メデタシメデタシ」でお話しました。それまでドスンドスンと尻餅だったのですから、無事に降りられてよかったね…と。
 さて、お話に先立ち、アヒルと鴨の写真を用意して、それぞれを見て貰いました。実際のところ、両者は同じカモ科に属していて、よく似ているのです(アヒルはカモを家畜化したもの)。
 「色がちがう!」「模様が違う!」…はい、それで殆どオッケーです。アヒルは家畜化の過程で羽が短くなり、殆ど飛べないそうですが…。
 次に、「白鳥も白いでしょう。どんなところがアヒルと違うかな?」と問うてみました。すると流石の年長さん、「足がちがう」「首が長い」などの特徴を、見事捉えて発表してくれました。それを受けて(?)、「背が高い」と年中さんからも発言が。パッとイメージが浮かんだのでしょうか。
 ともあれ、「よく見る、じっくり細部を見る」ということは科学の心の芽生え。「間違い探し」ではありませんが、きっと子どもの発達に合った行動なのだろうと思いました。

新学期、始まりました

1月 9th, 2018 | Posted by Sato in 日々の姿 - (新学期、始まりました はコメントを受け付けていません。)
 今日から新学期が始まりました。銀杏の葉っぱもすっかりなくなり、清々しい空…はちょっと見えませんでしたが、子ども達の元気な声が響く、いつもの幼稚園が戻ってきました。
 冬休みというと、普段とは異なる経験をしてきた話が多いのですが、園長は「お料理」頑張ってきましたよ。
 近隣のスーパーは大概行きましたので、それぞれの傾向というか雰囲気もよく分かりました。品揃えとかお値段とか(マグロって高いのですね…)、レジのやり方とか色々異なるのですね。
 そこで気付いたのが、「冬が旬の魚は多くない」ということで、鮭は通年あるとしても、鰤と鱈が殆どであり、お陰様で鰤の扱い(要するに下処理)は随分できるようになりました。本当は「捌けますよ」まで行かれたらカッコイイのですが…。
 というのはともかく、子ども達は随分いろんな場所へ行き、いろんな体験をしてきたようです。お正月ならではの食べ物や遊びも。いつも思う事なのですが、「昔からある定番の遊び」は、廃れることなく続いてきただけの面白さを持っていますね。今年は行かれなかったのですが、凧揚げは今でも熱くなります(葛西臨海公園がおすすめです)。
 さて、子ども達にはそれぞれ「冬休みの思い出」を語ってもらいました。「3学期には、お遊戯会があります。この舞台にあがって、たくさんのお客さんが見に来て下さいますよ」とお話した、その舞台(前)です。結構な緊張感だろうな…と想像していたのですが、みなハキハキと答えてくれました。
「特急しおさいに乗りました」「新幹線、好きだものね」「新幹線だけじゃないよ、みんな好きなの」と、司会の先生との会話も楽しんでいました。
 全員の話を聞くことはできないのですが、「これが思い出だよ!これが面白かったよ!」を勢いよく話せるというのは、幸せなことだと思います。周りから見てどうこう、比べてどうこうではない、「とにかく私にとっては!」を得られた冬休み。子どもと一緒の旅行は気を遣うこともありますが、楽しく過ごしていただいたようで、園としてもありがたい思いです。短い学期ではありますが、どうぞ宜しくお願い致します。

伝染する

12月 20th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (伝染する はコメントを受け付けていません。)
 今日は2学期の終業式を行いました(写真は、その後の園庭遊びです)。2学期の振り返りをして、お正月にふれ、「お休みの間の生活」についてお話したのち、各学年から一曲ずつ歌を唄って貰いました。
 年少組は「きのこ」。これ、上級生たちも知っている歌ですので、何人もが一緒に踊っていました。
 年中組は「人間っていいな」。これも歌える子が多いですね。そして、曲に乗って何人かの年少さんが手拍子していました。
 年長組は「あしたははれる」。NHKでよくかかっていた曲です。調子がよいこと、とても迫力があったことで、かなりの手拍子が起きていました。
 その姿を見て、私は思いました。「年長さんが最初の歌で気持ちを寄せたことで、それが巡って戻ってきたのかな?」と。
 2学期はクラス単位で行う事が多いのですが、いろんな経験を通じて、園自体も一体感が高まっているような気がします。引っ張っているのはやはり年長組。存在感が大きいな、と感心します。
 式が終わってから、寸暇を惜しむような園庭遊び(と言っても結構時間をとることができ…るようになりました)も、定着してきました。園長とても喜んでおります。
 そうそう、今日のタイトルは「伝染する」ですが、伝染病などの流行、今学期は全くと言ってよいほど、ありませんでした。ひとえにご家庭のご協力の賜物と感謝しております。子ども達やご家族の、日々の健康管理。どうもありがとうございました。

自分で判断 して横断

12月 6th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (自分で判断 して横断 はコメントを受け付けていません。)
 今日は富坂警察署のご協力をいただき、生活&交通安全の集会を行いました。内容は毎年少しずつブラッシュアップされていくのですが、私が感心するのは「警察官(OB)さんたちの、子ども扱いが上達している!」ということです…偉そうにすみません。
 考えてみれば、そもそも彼らの職場は幼稚園と全く異なる雰囲気である筈です。危険を伴うこともあるでしょう。人を疑う所から始めなければいけないことも、あるかも知れません。
 普段の生活や仕事上とは、言葉の範囲もだいぶ異なります。「路側帯」に「ろそくたい」とフリガナを振ったから、子ども達も分かるだろう…とは言えません。どんな言葉であればイメージしやすいのか、子どもが受け止めやすいのか、耳を傾けてくるのか。そんな「子どもに伝えるための努力」を積み重ねて来られたのだろう、と思います。
 今回は生活防衛の中で、「知らない人に声を掛けられたら」の実習さえ行いました。写真の彼は、なかなか勇敢に「助けて!」を叫んでいました。見慣れない小父さんに上から声を掛けられるのは、結構圧迫感がある筈です。緊張もしたでしょうが、大声を出すことができました。
 その後、年長さんのみ、千川通りまで横断歩道の歩行訓練に出ました。1回の人数は6人くらい。確実に「右・左・右」と見て、手を挙げて慎重に渡っていました。
 戻ってから先生方と…「あの子たちも、もう小学生が近いんだね…」ということをしみじみ思いました。ご家庭ではもちろん、受験だの入学前診断だの、ランドセルだ机だといった準備が進んでいるのだろうと思います。しかし、こういった「自分で判断して横断する」ということも、入学準備の一つだと思います。今は自転車で通園している子も、すぐ歩いて登校するようになる。そんな準備が始まっているのだと思いました。

雨が降る前に

11月 30th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (雨が降る前に はコメントを受け付けていません。)
 今日はお昼から雨の予報…すでに降り出していますけれど、幼稚園では朝から銀杏の葉が散り始めました。ええ、「風もないのにハラハラと」です。
 まだ、本格的に「葉っぱで遊ぶ」には早すぎます。けれど、ちょっと先行してみようかと考え、ある程度集めてみました。さっそく通りかかった先生から、「あとで遊ぶので…」とお声がけ。「ハイハイ、集めるだけね〜」と、熊手でガラガラやっていました。葉っぱが集まって砂地がきれいに見えるのは、結構好きなんです。

 さて、しばらくすると外から賑やかな声が聞こえてきました。さっきの先生と子ども達が出てきたようです。掃いた葉っぱなので、かなり砂が混じっています。「ちゃんと砂を落としてから投げて〜」と、先生の声が響きます。こういう自然相手の遊びは、普段大人しそうな子が大声を上げていたりして、意外な一面が見られたりします。やはり開放的になるのでしょう。
 そう言えば、子どもにとって自然物とは、「自由に手に入る遊び道具」です。昔から、石ころだの葉っぱだの木の実だの、「お金と引き替えでない」ものを集め、弄り、遊んできたのでしょう。そう思うと「子どもが砂いじりする」のは健全な証拠なのかも…とか思ったりします。
 ともあれ、間もなく「葉っぱで遊べる」貴重な数日間がやって来ます。寒いとは思いますが、あの黄色と空色のコントラストは、この時期にしか見られません。保護者の皆様も、朝の送りがてら、見上げてみてはいかがでしょうか。

移りゆく

11月 29th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (移りゆく はコメントを受け付けていません。)
 今日は年長組が、卒園アルバムの撮影をしていました。学年全員集合!というものです。子ども達は台の上に立って、私も並んで撮ったのですが、間近で見ると改めて「ああ、大きくなったなぁ」と感じます。
 年少組とかたんぽぽ組での姿から、ほんの2年・3年です。随分いろんなことを考え、自信を持って行動できるようになりました。いつの間に身に付けたのでしょうね…。積み重ねですね。
 写真はその場の銀杏ですが、一週間前のものと比べて、随分色づいてきました。空の色が異なるので、より印象的になっているとは思いますけれど。昔のテレビで「人間の目は、色が連続的に変わっていくのに気付きにくい」とかいうのをやっていましたが、葉っぱについてもきっと同じなのだろうと思います。そして、子どもの育ちについても…。だから、「タイムラプス」とか「スローモーション」とかの、「時間の流れが普通と異なる」映像は、特別な感じがするのかも知れませんね。
 ともあれ、年長組にとっては「卒園」がまた一歩近くなった訳です。「これが最後だね」と話すと、それを理解している様子も見られる(担任談)とのこと。エブリシング・ゴーズ・バイです。
「諸行無常」について、保護者のみなさんはどういうイメージを持たれているか分かりませんが、坊さんとしての考えも、いつか書いてみたいところです。

撮影後。

ふたつの石臼

11月 28th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (ふたつの石臼 はコメントを受け付けていません。)
 今日は月曜日で、見学の方もあったのですが「お御堂参り」を行いました。題材は「海の水はなぜ辛い」という、石臼の話。一年に二度はやりませんが、やらない年もありません。
 時期は「甘い果物とかが実ってきたけれど、今日は辛い話をします」という、やや唐突なもの。塩が主役になる事、多くはないんですね。果物やお菓子はみんなに喜ばれるのに、塩は「名脇役」というのが精々な気がします。そういえば「ソルト」と「サラリー」は同じ語源だと聞いた記憶があります。「それ単体ではなく、脇役として力を発揮するもの」という感じ。塩もお金も、それ自体が主役にはなれませんね。
 それはさておき、心優しい弟は老人を泊めてやって石臼を貰い、豊かな食生活を送ります。それを妬んだ兄が盗み出し、船の上で「ああ疲れた、お握りでも食べよう」と取り出したお握りへ「塩をつけなきゃ」と出した塩が止まらなくなった…というお話です(覚えておいででしょうか?)。「右に回せば物が出る。左に回せば止まります」なのですが、「ストップの仕方」を知らなかったのですね。
 終わってから子ども(主に年長さん)に尋ねました。「さて、お兄さんは何が悪かったんだろうね?①うそつき、②いじわる、③よくばり。」子ども達はそれぞれの思いを口々に言っていましたが、「よくばり」が一番人気(?)だったようです。
 子ども達には、「幼稚園には2つの石臼があります。小さいのと大きいの。分かるかな?」年長さんはすぐに応えます。「うん、では分からない子は年長さんに聞いてみてね」ということで、ノーヒントで解散となりました。
 小さい臼はすぐ見つかり、大きい臼は…担任の先生方からヒントを貰って見つけた子が多かったようです。
 昨年も話に出したのですがね。…

 かえりみて、「どんどん望みが叶う」、そして「(望むこと・得ることの)止め方を知らない」のは現代人も同じじゃないか、と思ったりします。
 弟は臼を盗まれてしまったので、「望み叶い地獄」からは、ある意味抜け出せたのではないかと。困った人を助け、ちょっとの間いい目にあって、また戻って(地道に働く)。そのまま石臼が手元にあったら、きっと幸せになれない人生だったのではないか…坊さんとしては、そんなことを考えます。
不思議なことに、「ドイツの昔話」バージョンもあるそうです。けれど、何だかオドロオドロしい。話の筋は同じなのに、不思議ですね。

子どもは風の子

11月 21st, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (子どもは風の子 はコメントを受け付けていません。)
 何とまあ、古めかしいタイトルです。でも今日はぴったりだと思って、選んでみました。
 今日はいささか風があったのですが、かなりの子ども達が園庭で遊んでいました。遊び方を見ていると、学年それぞれ=合った遊び方をしているなぁ、自然とそうなるんだな、と感心しました。
 年少さんは、ジャングルジム&先生とおにごっと。年中さんは鉄棒。年長さんはドッチボールをしていました(ある瞬間の様子です)。そのちょっと前には、年長さんから「園長先生、ドロケイ知ってる?」と説明してくれました。なかなか当を得たものでした。それを傍らで聞いていたのか、年中さんも「園長先生、ドロケイ知ってる?」と、彼女なりの説明をしてくれました。「白い線で四角を書いて、そこの泥棒にタッチすると逃げられるの」と、彼女なりの「ドロケイのキモ」を話してくれたのは面白かったです。
 ともあれ、「子どもは風の子」というのは昔から言われている言葉ですが、なかなか真理を突いていると感じます。「子どもは寒さや風をあまり気にしないで、外で遊ぶものだ」という説明と、「〜外で遊ぶべきだ」という教育論の両面があるのですね。
 実際のところ、寒くなってきたことで、だいぶ重ね着をして登園してくる子も増えてきました。ここで注意していただきたいのは、厚着とは、「体をあまり活発に動かさない」という前提に対応した防寒ということです。それに対して,子どもは「体を動かすことで暖を取る」行動パターンなのです。体をよく動かし、温かい血液をたくさん循環させることで体温を上げる。そのメカニズムによって、「寒くても走り回る」のが「子どもは風の子」という言葉になって伝えられているのですね。
 私達大人は、自身が寒いと感じると、ついつい「同じように」子どもを温めようと思って厚着させてしまいますが、この違いを忘れないようにしないといけませんね。そして、子どもがムズムズと動きたがっている時は、「寒さへの対応かも?」と、ちょっと考えてみて下さい。