明照幼稚園

手直し改善会議

11月 14th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 | 行事 - (手直し改善会議 はコメントを受け付けていません。)
 今日は、全園的に「手直しデー」でした。昨日使った「商品」は、いったん各クラスに回収して、改めて木曜日の「第2回」に使用するのです。
 今回の「お買い物ごっこ」をデザインするにあたり、「製作の個数が多すぎるのではないか」という事があり、「持って帰らないで、2回使う」という選択をしました。子どもにとっては些か残念かも知れませんが、今日のような活動に繋がったことを思えば、悪くない選択だったと思います。
 ということで、各クラスで返却された作品の手直し、話し合いを経ての改善が行われました。年少さんでも、「作った物を元に戻す」ことができます。一から自分達で作った物ですからね。また、品物を一つ一つ検品して、担当の子へ分けていったり、「看板を作ろう」ということで色を考えてみたり、「靴を脱いでもらうんだから、靴袋を付けよう」とかいろいろいろいろ…。
 つまり大きく言って「試行錯誤の実施日」だったのだろうと思うのです。前回作った物が、一旦誰かの手に渡り、戻ってくるまでの過程で何かの問題が発生していたりする。1回目に行った時に感じたことを、次回までに改善する。その改善の内容も、イメージが共有されているので試行錯誤で定まっていく。
 ああ、何て面白いんでしょう。最近は「遊び込む」という言葉がよく使われますが、それはきっと、こういう姿、こういう試行錯誤なのだろうと思います。
 しかし同時に、これは「一年間のうち、この時期だから」可能なのだろう、と強く思います。色んな材料や道具のあることを知っている。基本的な使い方や注意を知っている。みんなで一緒に作業する時の注意点も知っている。今までの行事で流れを知っている。生活の中で、「お店って、こうなっている」を知っている。そういった積み重ねを総動員しているんだな…そう感じます。

 なお、本日の動画共有については多くの方にご迷惑をお掛けしまして、誠に申し訳ありません。無料のgoogledriveという所を使ったのですが、どうやら「再生は200回まで」と決められているようで、早くも午前中にはパンクしてしまった模様です。
 ですので、木曜日の第2回開催を経て、改めて園内の上映会を開こうと思います。すみません。…そして同時に、他のサービスを利用した公開の方法も探っていきます。私、そういうのは好きなんですよ。

新生おかいものごっこ

11月 13th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 | 行事 - (新生おかいものごっこ はコメントを受け付けていません。)
 今日は第一回の「おかいものごっこ」。去年までの開催をご存じの方からは、「随分と変わったわね〜」という印象であろうと思います。
 かなり回数も重ねてきていたので、かなりの「枠」を取っ払いました。一つの部屋に沢山の屋台?が出店していたり、ショーや体験ものがあったり、「一人で一店」があったり…。実施も1時間以上で、もう全くの別物。我々も「どうなることか…?」とチャレンジングな一日でした。
 結果は大成功!だと胸を張って言えます。何より、子ども達の元気な声と笑顔がずっと園内を埋め尽くしていましたから。「自分達の力で」を最大限先生方が保証しつつ任せられそうな所は任せる。担任の先生がいない時間帯もありましたが、子ども達はしっかりお店を守り、やりとりを楽しんでいました。
 子ども達が「やりたい」と言うことは、原則「やってごらん」と勧める。何か起きても、自分で何とか処理する。この幼稚園で培ってきたことを、「自由」という畑にまいたら今日になった。そんな気がします。
 今回、園長はビデオを撮って回ったので、何らかの形で公開できるよう考えております。どうぞお楽しみに。

けちん坊のはなし

11月 13th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (けちん坊のはなし はコメントを受け付けていません。)
 今日は月曜日で、お御堂参りを行いました。ちょうどいろんな葉が落ち始めたので、「柿の葉っぱ」を使った物がやりたいなぁと思って探していたら、ありました「葉っぱの手紙」。
 実は現代になって、「ちょっとしたオシャレ」もあって、実際に葉っぱに切手を貼って出すことができるのです。途中で切れてしまわないかと心配にもなりますが…。
 さて、お話のテーマは「けちん坊」。「もったいない」とか「物を大切に」はいいのですが、「程度を過ぎるとだめですよ」という話です。
 けちん坊Aが紙をケチって柿の葉に手紙を書き、受け取ったけちん坊Bは更に上をゆく、「お使いの者の背中に返信を書く」です。私の見た原作は「上には上があるものだ」と感心して終わりだったのですが、「やりすぎ」感を出そうと思って「お使いの者が走って帰ったので、汗で文字が流れてしまいました」で終わりました。ちょっと納得感がありますでしょ?
 お帰りの時に、子ども達がたくさんの葉っぱを拾って私に見せてくれました。「これは柿だよ!桜だよ!」と自信満々。「そうか、よく知っているね。ときどき赤い柿の葉もあるから、探してごらん」と返し、楽しげに集めておりました。

これがお米なんだね

11月 9th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (これがお米なんだね はコメントを受け付けていません。)
 園内はお買い物ごっこ一色なのですが、遠く山形県は最上町という所から、稲が届きました。いつも幼稚園のお餅つきに、餅米を用意して頂いている所からです。「稲穂についたのを見せたいので、送ってくださいませんか?」厚かましくも園長がお願いしましたら、快く送って下さったのです。
 田んぼの土がついたまま、バケツに入れて玄関前に置きました。「もしや、一番に見つけるのは雀さん?」とかちょっと不安でした。何年か前、雀の大襲来があって全滅してしまったことがあったのです。
 今日は、子ども達が早速見つけてワイワイやっていました。触ってみる子、匂いをかぐ子、眺めてみる子…それぞれ思い思いに接していましたが、みんなとっても嬉しそうでした。園長はぼんやりと、「本物に触れるって、これなんだろうなぁ」と、ほっこりしました。
 自然の物を、そのまま生活で使うのは、なかなか大変なことです。いろんな手間を経て、私達の身の回りにやって来ます。「最終ユーザー」が「なるべく手間を取られない」のが「便利」ということなのでしょうけれど、その陰で「本物に触れる」機会が減っているのは、寂しいことです。

カテイが見えますか

11月 7th, 2017 | Posted by Sato in 保育論 | 日々の姿 - (カテイが見えますか はコメントを受け付けていません。)
 いま、幼稚園では来週の「お買い物ごっこ」に向けた活動が盛んです。その中で、保護者参観日がありました。子ども達、親御さんがお越しになると多少なりともバイアスがかかるものです。家で会うときはそんなことないでしょうに、場所が違うと距離感も変わるのですね。面白いものです。
 さて、写真は年長組での姿。今年は徹底的に「コミュニケーションとして・プロセスとして」見ていこうと考えていますので、子ども達のごく近くで、相談している様子や分担して作ってゆく様子などがよく見えたのではないかと思います。
 「それぞれの意見を最大限活かす」…言うは易く行うは難しの代表ですが…を、「トコトン行ってみましょう」で、「一クラスで何個もの店舗ができる」というケースもあるようです。しかし、そうして「一人一人が看板を背負う」というのも、今年の形だからできること。「自分達の力でやり遂げる」がテーマなのですから。
 ですから、「成果物」として「店頭に並んだもの」だけを見てしまうと、或いは「??」になるかも知れません。特に昨年までの「おかいものごっこ」をご存じの方は。ゴメンナサイ。
 けれど、まさに「参観でしか見られない、子ども達のリアルなやり取り・責任感・協調性」は、捉えて頂けたのではないかと思います。
 「大人は、過程を褒めることができる」と言います。逆上がりなどは典型的ですね。おおよそ、「出来上がった物」を褒めるより、「作る過程」を褒めた方が、ネタが多くなりそうで、面白そうじゃありませんか?

関心を寄せる

11月 7th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (関心を寄せる はコメントを受け付けていません。)
>今日は、某大学から学生さんが「白エプロン」の調査に来られました。  白エプロンはかなり歴史の古いもののようで、彼女も教科書で知って興味を覚えたようです。園長も、その歴史を聞かれたのですが詳らかでなく、ちょうど先先代園長のお墓詣りにみえた、当時の先生方(おん歳80台)にもお伺いしてみました。「当時から白エプロンだったけれど、いつからかは分からない」とのこと。約100年前に幼稚園が始まった頃、それなりにハイソだった事と関係がありそうなのですが、真相は分かりません。  材質とかメーカーとかお話しして、子どもにも直接インタビューしていました。「エプロンの、どんな所が好きですか?」「全部!」という感じで、調査に役立ったかは分かりませんが…。  ともあれ、園長も知らない謎。もし解き明かしてくれたら、協力した甲斐も大きいと思います。自分なりに見つけた問題意識、追究していって欲しいですね。

会議ばやり

10月 31st, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (会議ばやり はコメントを受け付けていません。)
 今日、先生方の記録を読んでいたら、奇しくも全学年で会議を行っていることが分かりました。もちろん生活経験の量が大分ちがいますから、先生方はそれぞれに合わせて助言や介入をしていたようです。実際に園長が見たものではないのですが、記録を読んでいるだけでワクワクしてきました。
 「今日は未知の恐竜作りをした。最初は積んでいるだけだったのが、恐竜の形になってくると子どもたちも喜んでいた。とりあえず組み立ては終わったが、この後どうするか、子どもたちと話し合っていきたい」。年少さんです。「未知の」なのだからどうにでも構わないのですが、年少さんが「力を合わせて何かをする」のは結構至難の業。先生のリードが楽しみです。
 「輪投げの輪を作るグループをどうやって子どもたちが分かれていくか、見てみました。最初は仲良し同志で話し合いをしていたのですが、少し助言すると全員できちんと話し合いをして決められました。少し時間はかかったけれど、子どもたちだけで解決できました」。年中さん。遊びのチーム分けとか鬼決めのプロセスも、子どもたちが身につけて然るべき力ですね。
 「図書コーナーの使い方について、クラス全体で会議をしました。何はいけないのか、問題なのかを明確にして、共通理解を深めてもらおうと企画しました」。先生は会議を企画するけれど、その中身は子どもたちが出し合う。大人の目線ではなく、共に使う子どもどうして「あれは迷惑になる」「これは危ない」などの話が出たのでしょうね。問題を共有することで、客観的な判断基準ができますから、お互い注意したり、ということもやりやすくなると思います。先生も具体的な問題提起をしたかったでしょうけれど、「子どもから出た声」を集約していくところに価値があったのだろうと思います。
 あー楽しそう。とても豊かな経験をしているなー。そう思います。

実りを楽しむ

10月 24th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (実りを楽しむ はコメントを受け付けていません。)
 今日は年少さんで「果物観察」・年長さんで「サンドイッチ作り」がありました。いずれも「食べ物に(いつも以上に)関わる」ということで、みな興味津々でした。
 そうです、恐らく「食に興味がないようです…」という状態ではなかった。接し方によって、提示の仕方によって、食べ物への興味というのは本能的に持っているのだろうな…と思います。「氷河期で食べられなかった記憶がDNAに残っているらしい」とも言われます。
 年少さんは、果物の匂いを一所懸命かいだり、割って中身をしげしげと見たり、もちろん触ったり味わったりと、なるべく色んなチャンネル・感覚で果物に接していました。ブドウについて、「皮のままでは匂いがしない!食べるとにおう!」とか、「おいしいね」以上の表現があったのは興味深かったです。食材はいつもと同じでも、見せ方次第で、経験の質は変わるということでしょうか。
 年長さんは、各自でサンドイッチ作り。道具も多いですし食材も多い。おのおの自分の食べる分は責任を持って作ります。チーズがくっついたりパンの巻き方に苦労したり…お弁当箱に詰めて満足気な表情。「やりとげた」感があるのでしょうね。
 岩村暢子さんという方がいらっしゃって、10年ほど前でしょうか、「食卓の崩壊は家族の崩壊」と警鐘を鳴らしていました。誰か一人の問題ではなく、社会全体の動きと、それに影響を受ける家族。食卓に、その姿が現れているという主張でした(かなり衝撃的です。人によっては責められていると感じるかも知れません)。
 けれど、それに関しては「食育」の考え方で結構カバーされるのではないかと思います。実際、しっかり読むと中々良いことを言っているのです。園として充分に食育ができているとは思いませんが、岩村さんの問題提起に関しては、園長としても時に触れ考えています。

・・・よかった、

10月 23rd, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (・・・よかった、 はコメントを受け付けていません。)
 休園にしないで。
土曜日頃から本格的に悩んでいましたが、昨晩は職員と相談して「登園時間を遅らせてやりましょう」と決定。最近は予報精度の向上とあいまって、連絡網が早く回ることが多いですけれど、今回は結構ギリギリまで待ってのご連絡となりました。
 結果としては、まずまずベストに近い判断ができたかと思っています。職員もほぼ全員間に合うことができ、子ども達を迎える前に玄関の掃除もできました。
 そして…子ども達は「台風一過ならでは」の状況も、たくさん味わっています。銀杏の葉が緑のままで、これほど落ちてくることは他にありません。園庭は水が引いているのに砂場はプールのよう(水はけ、という言葉を教えたいです)。金木犀の花も、銀杏の実も、そしてなぜか柿の種もたくさん落ちている。そしてこの急速な天候回復ぶり。いまどきは「家に居るより幼稚園の方が自然に近い」でしょうから、それだけ自然の動的な(ダイナミックな)営みを感じられたのではないかと思います。
 そして、(我が家も)溜まったお洗濯もはかどる…。
 「幼稚園で示す人生観とは」とか、最近はちょっと難しいことを考えてもおりますが、それは畢竟「自然の捉え方」「他者の捉え方」…各々の持つ理解のストーリーなのだろうな、と思います。より良い(本人の役に立つ)価値観を育てるには、やはり物事の多面性を見せるに如くはなし。家に籠もってボタンを押しているよりも、ずっとエキサイティングな一日を送れると思います。

行きたい・行ってみたい

10月 19th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (行きたい・行ってみたい はコメントを受け付けていません。)
 今日は、年長さんが某大学の学園祭に出展する絵を描いていました。テーマは「行ってみたいところ」…オヤオヤ園長うろ覚えです。「行きたいところ」だったか?この時間になって不安になってきました。
 というのは、描いていた絵を思い出すと「現実に行かれる(行ったことのある)場所」を描いている子もいれば、「空想っぽい(行ったことのない)場所」を描いている子もいたからです。「行ってみたい」には、「もしも実現可能ならば」というニュアンスがあるように感じます…。
 ある子は画面一杯に「宇宙の絵」を。ある子は「雲の上のおしろ」を。「雲の上のお城」というと、テレビで見た「竹田城」とかすぐ思い出してしまうのですが、子ども達は思い思いに道具を使って表現していました。
 幼稚園では、何か「を思い出して」絵を描く機会が多いです。「夏休みの絵」と言えば、「これをしたい!」という事前の希望としてではなく、「これをしました」という結果の報告。それを思うと、「したい!」という括りで描く絵は、何だか新鮮でした。みんな期待を持って語ってくれますし。
 ということで、11月5日に、東洋大学の「白山祭(はくさんさい)」で子ども達の絵が飾られます。キッズコーナーでは遊べるようですので、足を向けてみては如何でしょうか。
 ほほう。調べてみたら「行ってみたい」には「(実現可能か、というよりも)今まで行ったことがない」というニュアンスがあるそうです。英語では「wanto to 〜」と「want to try 〜」みたいな言い分け。勉強になるなぁ。