明照幼稚園

遊びを作り出す

6月 29th, 2017 | Posted by Sato in 行事 - (遊びを作り出す はコメントを受け付けていません。)
 今日は、小石川植物園での園外保育。お陰様で曇り空だったので、何かにつけ都合がいいな…などと思っていたのですが、行って見たら結構な気温と湿度の高さで、大人たちも結構「疲れた〜」な一日ではありました。
 近年、利用に関して大学からの遵法化…というか「運動場ではありません!」に象徴される「お約束」が多くなって、幼児にとってはやや窮屈だと感じていたのですが、今回はその方針が少し変わったのか、とてもフレンドリーな職員さんが多く、園児たちもとても楽しめたようでした。
 以前はいろんな道具を持ち込んで遊んでいたりしたのですが、ほぼ全面禁止。「宝探しのような印をつけてもいけません」とのお達しがあり(ネイチャーゲーム、なのでしょう)、「とにかく観察イチバン」ということで、朝の集まりではそう行った話をして散策に出かけました。
 幼児はもちろん「見る」が大好きなのですが、あれだけ開放的な場所で、果たしてどうか…「大声を出さない」「走り回らない」を守りつつ、どう楽しむか?一抹の不安がなかったと言えば嘘になります。実際、他園の話を聞いても、「規制が強くて、ちょっと敬遠しちゃう…」という声を聞くほどなのです。
 しかし、戻って先生方の記録を見ると、子ども達はそんな中で「楽しみ」を見つけ、植物園を味わった姿が見えてきました。「いろんな形の木を見つけては、映画に出てきそうだと言っていたり、枝垂れの木を見て「雨みたいだね」とストーリーを楽しんだり、もちろん木の実を探したり、池の飛び石をドキドキ渡ったり…まさに自然をそのまま受け入れて、遊びを作り出していました。
 そうです。「おもちゃ」というのは「遊ぶための道具」ですが、それは誰かが「こうして遊ぶ」というデザインをして産み出されたもの。それはもちろん文化であり良いことなのですが、「本来、遊ぶためではない」物の中に遊びを見出す…というか作っていく力は、ぜひ育てたいものの一つなのです。オリジナルであるかは問いません。教えて貰ったものでも構いません。しかし、見立てとか空想とかを駆使し、遊びを見つけ出す力は、今後「世の中どうなるか分からない」現代にあって、とても求められる力なのではないでしょうか。
 戻ってから改めて思いました。「植物園のどこに、どんな物があって、子どもの遊びのネタとして使えそうなものはどれだろうか?それを私たちは充分調べてあったのか?」もちろん、その想定の外を行くのが子ども達ですが、自戒として、そんな思いが浮かびました。
 子ども達が一生懸命に「木の実」を拾っていました。「園長先生、これ、何の実?」見覚えのあるその形は…銀杏でした。園内に山ほどあるのに。やや苦笑しながら、「ぎんなんだね。この大きな木、銀杏の木だね」とお話しました。木の名前、私も知らない物がたくさん…もっと沢山知っていれば、またひと味豊かな経験をさせてあげられたのかも、と少し後悔しています。

 ともあれ、園内までお付き添いいただいた年少組保護者の方、幼稚園で暑い中お待ち戴いた年中・長の保護者の方々、どうもありがとうございました。貴重な経験と学びのあった一日でした。

消防署・広報

6月 22nd, 2017 | Posted by Sato in 行事 - (消防署・広報 はコメントを受け付けていません。)
 年長組さんだけの活動、「小石川消防署の見学」に付き添ってきました。陽当たりもそれなりの中、15分程度、交通ルールを遵守しての行き来で、現場はもちろん、トータルとしてもよい経験になったと感じました。
 今年は、「現場で広報車」というピカピカの車を用意して待っていてくださいました。消火栓のある場所まで行くと、荷台に消火訓練の道具が積んであって、「どこでも消火訓練ができます」というもの。都内でも2カ所にしか配置されていないそうです。
 その後、消防士さんの出場着替え競争、訓練見学、写真撮影…と進んでいきましたが、最初から最後まで、消防士さんがきちんとプログラムを組んで、付き添って下さっていたのが印象的です。以前は「訓練の邪魔にならないように、そこで見ててね」という感じだったのですが、いろいろと幅があるものだなぁと。
 「これこれ、という典型的なプログラムはない」ということの裏返しではありますが、毎年いくつもの園の見学を受け入れるなかで、磨かれてきたのだろうと思います。ありがとうございました。
 そういえば、ポンプ車は2種類のホースを積んでいます。黒くて太いものと、白くて畳まれているもの。放水のためのものはよく目につくと思いますが、ポンプに給水する黒のホースがなかったら、役に立ちません。子ども達には見分けポイントを教えておきました。「供給がなければ提供はない」、当たり前の話ではありますが、いろんな所で具体例の見られる「おしえ」ですね。

参観の効果

6月 13th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 | 行事 - (参観の効果 はコメントを受け付けていません。)
 さて、幼稚園の参観も終わりました。お忙しい中、沢山の方にお越しいただき、ありがとうございました。特に今年は、お父さん方にも多数おいでいただき、子ども達も嬉しかったことと思います。
 そう、昨日「小学生は恥ずかしがり」と書いたのと対照的に、幼稚園児は「見て見て!」に喜びを感じます。それは、「何をやっても、どんな結果でも」親や私達は「学びの元ですから」という評価をし、結果を受容してあげられるからではないかと思います。
 年少組では「言葉の時間」をやっていました。文字のカードを見て、「読めた」と思ったことを表現する。答えを示して貰って、当たりで喜ぶ。「読める(理解し、アウトプットできる)という嬉しさ」をストレートに表現している瞬間です。
 年中組は、今日の製作の説明を聞いているところでした。形が対称形に近いので、注意深く見て作らなければなりません。子ども達の姿勢が少し前傾になっていること、写真に出ているでしょうか。「良い姿勢で聞くことは、確かに頭によいことだ」というのも、今では科学的に実証されているそうです(あやふやな言い方でゴメンナサイ)。
 年長組は、もう自分達でやっている事を、親御さん方は見守るというのが主なスタイルでしょうか。岡目八目で傍から見ていると「あー、もっと効率的合理的にできるのに…」「あそこ、残してるみたい」とかいろいろ気になるのですが、「子どもの学びは試行錯誤。試行錯誤した事ほど、長く深く記憶に止まる」ということで、安易に手を出さずにいて下さっているのでしょう。
 それにしても、子ども達。親御さんが来ていらしたことで、多少の緊張感というか「いつもと違うぞ」感(幼稚園の生活として、ですよ)を感じていたようです。現在、園庭で走り回る子多数。ホースの水まきでビショビショの子もあり。コンサートを終えたミュージシャンが、舞台袖で出しているような歓声が、あがっております。

参観にて

6月 12th, 2017 | Posted by Sato in 行事 - (参観にて はコメントを受け付けていません。)
 今日は保護者参観。まだ始まって間もないのですが…実は私も昨日、父親参観日で学校へ行って来ました。科目は音楽。「音楽ですか…」と、やや拍子抜けで聞いていたのですが、参加してみたら「すごい、すばらしい」と感激して帰ってきました。
 小学生の音楽って、自分を思い出すと「何とも恥ずかしい」と思いながらだったのを思い出します。むしろ覚えているのは「声の悪い子には、これ(ゴキブリの粉末)を飲ませます」「音階をハンドサインで」「これから名前を呼ぶ子は、本当はマスクして舞台に立たせようと思っていました」…(かなり曖昧な記憶ですが)という、「音楽とどれほどの関係が?」と突っ込みどころ満載の思い出です(人は、満足した記憶は忘れると言われますから)。
 さて、まず感動したのは「表現することに躊躇しない」という先生の姿勢でした。言葉ではないのです、まさに姿勢。楽しそうに、声高らかに子どもと歌うのです。「歌いなさい」と言って、自分は聞いてるんじゃ学びになりませんね。「さ、楽譜の見直し30秒ね、できたと思ったら立って」という促しも見事です。自分で踏ん切りを付ける、自分から立ち上がらないと物事が進まないのです。立った子にはすかさず「おっ、勇気あるね、素晴らしいね」と心情を褒める。
 次に機械の普及なのですが、昔レコード今は映像で、うたを中心とはしているのですが、それを歌っている歌手の映像と共に鑑賞できるのです。隔世の感あり。音楽としての情報と視覚情報が一緒に味わえる。もちろん子ども達も、歌っている「自分の顔」を見ることはできないのですが、表情や立ち振る舞いはノンバーバルコミュニケーション。「レ・ミゼラブル」の一部だったのですが、私まで涙していました。「子どもの様子を見る」どころではなかった(それで良いのかしら?)。
 そして、スーザンボイルの映像。「この方、47歳にしてオーディション番組に出られたんですよね」ということで、いよいよクライマックスに向かいます。
 「この方、日本の歌を英訳して歌っているのがあるのです。翼をください、なんですよ。いいですか、音程やリズムが多少崩れても構いません。大きな声・綺麗な声が一番ではありません。詞を理解し、心をそこへ向けて歌うことが一番なのです。さぁ、保護者の皆さんも一緒に歌いましょう」
 ということで、歌ってまいりました。いつかも書いたのですが、「親子で一緒に歌をうたえる」というのは幸せなことです。その機会を下さった先生に感謝です。そして改めて思いました。
 「子どもと親と一緒に、もちろん先生も教材もあって、それらが一体化した授業だった」と。親が外部から観察するのではなく、「一緒に歌うこと」で成立する授業だったと。
…家に帰って興奮気味に(表現することに躊躇しない!)そんなことを娘に語ったのですが、本人は現場で「とにかく近くに来ないで」アピールをしていたのですが、家では何となく神妙に聞いてくれました。嬉しいことです。

ちょこっとICT

6月 8th, 2017 | Posted by Sato in 行事 - (ちょこっとICT はコメントを受け付けていません。)
 時の記念日は、「国民の祝日」ではないものの、なかなか意義深い日だと思っています。というのは「なぜ時計があるのか?時計のあることのメリットは?」と考えると、「人間社会の維持」に深く関わっていると思うからです。
 もっとも、「日本で初めて時計が使われた日」の時計は「物珍しい精巧な機械」だったのだろうな…と思いますが、まぁ一台だけで役に立つものでもありませんよね。
 そう、社会というのは実は、「四六時中いつも一緒にいる」人たちの集団ではなくて、「約束などによってあつまり、また散らばって暮らす」人々によって構成されている訳です。いつも一緒の小集団では、時計の必要はないと思うのです、「おーい、集まれー」で事足りますから。
 子ども達の見るスライド「動物村の時計台」でいみじくも描かれているのですが、「一人一人勝手なペースで生活していては、社会が成り立たない」のです。「いつ集まって良いのか」が分からないのですから。
 構成員全体に対し、ある意味公平に強制力のあるのが時間、そして時間を表現しているのが時計です。「時間を守る」のは「構成員としてカウントされる」要件ですらあると思います。
 そんな訳で、幼稚園にもたくさんの時計があります。子ども達の、時計に対する関心は十人十色。けれどせめて「ちょっと見る目を持って欲しい」と思い、スライドにしてみました。
 今まで行っていた「現物を見せる」と混ぜたのですが、「この時計、どこにあるかな?」という「お花探しゲーム」的な演出をしたので、子ども達も喜んでくれたようです。
 これから「ICTを使った教育を推進する」と言われ、それは「子ども達が操作する」ことではあるのですが、「なるべく本物。仕方なく、最低限度のICT」という基本姿勢は保ちたいと思います。
 私自身としては、機械物が大好きなのですけれど。

考えさせる話

5月 29th, 2017 | Posted by Sato in 保育論 | 行事 - (考えさせる話 はコメントを受け付けていません。)

「イラストヤ」さんより

 今日は好天に恵まれ、スッキリ気分良く幼稚園が始まりました。お御堂参りでは、珍しい「猿の仲裁」というお話を。なかなか難しいですよ。

 2匹のキツネが、大小差のあるお握りをめぐって口論しています。そこへ猿がやって来て、「同じ大きさにすればいいんだよ。大きい方をちょびっと食べてあげる」と言って「あ、食べ過ぎちゃった。こんどはこっちを調節…あれれ、ごめんね」と言いながら、結局は全部食べてしまうお話です。
 教訓としては「大事なことを人に任せるな」ではあるのですが…。
 兄の言い分は「ボクは大きいから大きい方を食べる」。弟の言い分は「ボクは大きくならなきゃならないから、大きい方を食べる。沢山食べなきゃ大きくなれないでしょう」と。
 これ、どちらも正解はないのでしょうね。お話が終わってから、子ども達に訊ねてみました。「どっちが大きい方を食べたらいいんだろうね?」…「半分こ」という意見もありました。でもそれがいいのか?せめて「最善の策」と言えるのか?
 私としても、「これが正解」を示す事はできませんし、そもそも「しこりを残さないで終わる」方法はあるのか?そんな事まで考えていました。結局の所、その場…リアルタイムで考えるよりないか、と。「なるべく痼りをのこさない、双方痛み分けの策を。
 幼稚園では、なるべく「正解のあること」の正解は伝えようと思います。しかし同時に、「正解のない問いもあるよ」ということ自体は伝えておきたいのです。そして、「自分の意見を自由に表明できる」ことも。

仕事と遊び

5月 17th, 2017 | Posted by Sato in 保育論 | 行事 - (仕事と遊び はコメントを受け付けていません。)
 新宿御苑での風車を見ながら、ぼんやりと考えました。「仕事は効率が大切だけれど、遊びはその辺り、度外視だなぁ」と。
 そうなのです。年少さん・年中さんは玩具を作って持って行ったのですが、どちらも「自分で走る・自分で投げる」ことを求める遊びです。子ども達は、一生懸命走り回り、投げ上げ、拾い、また投げて…存分に遊んでいました。そこには「効率よく」などという価値観は殆どありません。風向きに対してぴったり向けることができれば、風車が自然と廻りだして、それはそれで面白いのですが、子ども達にとっては「自分の働きかけで動く」というストーリーの方が好きらしく、大人が教えても暫く経つと、また走っている姿をよく見かけます。
 大人は普段「効率よく」をかなり重視していると思います。お料理や掃除などの家事にしても、もちろん仕事にしても。けれど、子ども達は(いずれ気付くのでしょうけれど)その辺りは度外視。自分がどれだけ疲れたか=どれだけ関わったか=どれだけ楽しかったか、という等式が成立しているような気がします。大人になっても、趣味の世界はそうですよね。「仕事を効率よくこなし、作った時間を好きに使う」という感じ。
 何だか、「ワークライフバランス」みたいな話しになってきました。「仕事を効率よくこなし、時間はできたけれど、却って暇でやることがない」のは淋しい人生かも知れません。効率度外視で夢中になって楽しめる時間を確保してあげることは、一生の大事かも知れませんよ。
 改めて、遠足へのお付き添い、ありがとうございました。暑すぎず寒すぎずの中ではありましたが、ご苦労様でございました。子ども達が親御さんから離れて走り回ってくる。迷子にならず戻ってくる。年少さんにとっては初めてのことだったかも知れません。「ただいま〜」「お帰り〜」の時の双方の笑顔、心から嬉しそうで、私まで嬉しくなりました。

子どもの日に向けて

5月 2nd, 2017 | Posted by Sato in 行事 - (子どもの日に向けて はコメントを受け付けていません。)
 今日は数日早いですけれど、園内で「子どもの日の集い」を行いました。「あさ、皆と挨拶をすると、先生達は嬉しくなるんだよ、みんなが元気に幼稚園に来てくれたって、嬉しいことなんだよ」という訳で「どんなご挨拶が、いい挨拶なのか」を3点、お話しました。

 1)自分からする 2)相手の目を見て挨拶する 3)声を届かせる
 ついつい横道に逸れてしまった訳ですが、実は今年の子どもたち、挨拶がとても上手です。例年子どもの様子を見ながら、それに応じた挨拶をしていますが、ほぼ最終段階(挨拶としては一人前)に来ている子が多いです。そう言えば「朝の保育室での身支度も、かなり慣れて身についてきました」という話も聞きます。こういった毎日の行動は、身についてくると安心感と自信に繋がってゆくものだと思います。一歩一歩の成長が、嬉しいですね。
 「はなまつり」以来の集会で、年少さんにとっては実質初めてなのが「子どもの日」。スライド上映に合わせてホールの照明が落ちると、ちょっと驚いた子もいましたが、おおむね楽しんでくれたようです。劇中、動物の訪問をうけたお爺さんが「若い者はみな、街に行ってしまって寂しい思いをしておったんじゃ」と迎える場面があるのですが、「きっと夜にはみんなで集まってお祝いするんだ…」とかストーリーを空想したりしました。独居老人じゃないよね、と…。
 さて、集いの後は園庭に出ているクラスがとても多かったです。このお天気ですし、朝の風も止みました。ツツジもたくさん咲いていますし、出ない道理はないですよね。ふと気付くと、大きい鉄棒が一番高い位置にセットされていました。年長さんでも手を伸ばさないと届かない位置ですが、それに飛びついて回る子もいました。気持ちが大きくなっているのでしょうか?そして気付くと、小さな子が隣で一緒上懸命補助板で上がろうとしていました。姿を見て触発されたのでしょうね。
 そうそう、きょうは「たけのこぐみ」開催するのですが、申込者はゼロだそうです。みんな今日からお出掛けするのでしょうか…?

カバさんのお口〜!

4月 25th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 | 行事 - (カバさんのお口〜! はコメントを受け付けていません。)
 今日は歯科検診。一人ひとりの歯の状態を、しっかりみて頂きます(見る?診る?)。乳歯から永久歯への生え替わりが幼稚園時代から始まる子がいますし、歯は一生物になるのですから、きちんとケアしていきたいものです。
 写真は年少さんですが、やはりちょっと緊張気味。光も当てられますし、ね。そこを先生が「はい、カバさんのお口して下さい〜」であーんぐり。それを聞いて「カバだって、普段は口を閉じているでしょ?」とか下衆な考えがよぎったのですが、確かに私のイメージの中でも、「カバって、ガバーッと口を開けている」像が思い浮かぶのです。我ながら面白い経験でした。顎の構造から違うのかな?
 そう、「見立て」あるいは「ごっこ遊び」のような要素が入ると、子どもって俄然やる気になるんです。普段の保育でも、「先生、魔法使いに教わったんだけど…」とヒソヒソ声で話し始めると、急に食いついてきたり。「本当にそうか?」ということより、「面白そう!」を演出することが楽しさに繋がるのです。
 お医者さんとしての腕だけでなく、子どもが乗ってくる、子どもの気持ちを考えて下さる、そんな先生だなと思いました。
 何日か経つと、検診の結果をお手紙にしてお返しします。どうぞよくご覧頂き、対応が必要なことがありましたら、速やかにご検討下さいますようお願いいたします。
 そうそう、「歯科検診の英訳」ってご存じですか? 「dental check」デンタルチェックですって。何だか肩すかしを食らったようです。「チェック」というと、日本語では軽い感じがするからでしょうか…。

園内移動

4月 18th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 | 行事 - (園内移動 はコメントを受け付けていません。)
 今日は年度最初の「お御堂まいり」。一言で言い表せる行事ではありますが、いろんな要素が含まれています。

1)クラスみんなでまとまって、現地まで移動する。
 これが入園1週間の年少さんには、結構な活動です。大した距離ではないのですが、途中に面白そうなものもあり、「バラけずに園内を移動する」のは結構大変なのです。

2)靴を揃えておく。
 玄関に対して現在の人数は上限近いので、靴はきっちり揃えて玄関に上がらなければなりません。これ実は案外できることで、先に行った子達や先生の靴を揃える様子を見て、真似できているようです(きっと、お家でも指導して下さっていると思います。ありがとうございます)。

3)正座で座る。
 いまどき、なかなか「お座敷に座る」経験は多くないと想像します。年少さんにとっては「初めて来た場所で、初めて正座する」という可能性もあります。今日の子ども達の様子を、「どうかな〜?」と見ていましたが、非常に落ち着いていて、場所につくと自分で正座できる子がたくさんいました!たんぽぽぐみで来たと言っても過去の話、お母さんと一緒での経験しかないのに、「この場に来たら、この座り方」と、関連付いているようです。有り難し。

 ということで、あと4つは要素があるのですが、長くなりますので来週に送ります。ただ、今回言いたいことは「自分で安全を確保しながら、行きたい所へ自分の力で歩いて行く」、その経験を通じて力を付けて欲しいということです。大きな目標は、春の遠足です。迷子にならないよう、「自分で歩く」「周りの子を気にする」「危ないところを避ける」総合力ですから、ご家庭でも気に掛けて頂けるよう、お願い致します。