明照幼稚園

そんなやり方が!

9月 27th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 | 行事 - (そんなやり方が! はコメントを受け付けていません。)
 昨日の動物園をうけて、今日は子ども達、それぞれ表現活動です。ちょうど年中さんでは鈴木先生が来て下さり、「ぞう・フラミンゴ・キリン」の表現を行いました。
 …言い方が勿体ぶっていますね。「描きました」とはちょっと違うな…と感じているのです。作品自体は園内に飾ってありますので、ぜひご覧頂きたいのですが、私が感心したことは他にあります。
 絵の具を使っているのですが、その使い方が「スタンプ・櫛・刷毛(?)」で…ともかく「筆でも指でもない」物を使って模様をつけてあるのです。担任の話によると、その実演を見た時は、子ども達から拍手が沸いたそうです。
 そして、模様のついた紙をちぎって貼り付けて形を作りました。迫力ある動物たちの「表現」がされています。象さんの耳が立体的なのは、誰かが気付いて表現し、流行したのかも知れません。
 ともあれ、「好きに模様を付けて行ってよい」という「躊躇なく始められる」活動で入り、誰もが材料を手に入れて俯瞰しながら作り、「最後に微調整」でたてがみなどを付けるという流れ。さすがプロだな、と思うと同時に「いつか、どこかで応用して表現活動やってみたいな」と思いました。

練習が始まりました

9月 20th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 | 行事 - (練習が始まりました はコメントを受け付けていません。)
 運動会に向けての練習が始まりました。年長さんも年中さんも園庭での練習を行っています。幸いお天気もよく、水分補給と休憩には気を配りながら、動きを確認しつつ踊っていました。
 各学年の「お遊戯」には、それぞれ(例年あまり変わらない)テーマがあります。年少組さんは「とにかくみんなで踊る」、年中さんは「左右も意識しながら、自分で踊りを覚える」、年長さんは「隊形移動をしながら踊る」という感じです。隊形移動の難易度もいろいろあるのですが、「先頭さんについていく」という列の一員としての側面と、「一人一人が止まるべき所で止まる」という2種類の「判断」を伴います。先頭さんは大概、明確な目印に向かえば良いのですが、それ以外の子は「ここで止まる」という判断を各自で行わなければなりません。
 いまのところ、それぞれの踊り(体の動き)を中心に練習していますが、いずれは「全体としての動き」を意識した行動が求められます。その辺り、「一人一人の視野」と「別の視点から見た自分達」ということになるので、得手不得手があるようです。「こればっかりは、ワイドでビデオを撮ってあげて欲しいなぁ」と思う事もあります。

奇跡の合奏

9月 2nd, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 | 行事 - (奇跡の合奏 はコメントを受け付けていません。)
 この投稿をしている日からは遡るのですが。
 28日(月)に、スズキメソードお茶の水センターの先生方・生徒さんがお越しになり、今年も「ミニコンサートと楽器体験」を行って頂きました。もう5・6年になるのかしら…。今年も沢山の方にお集まりいただき、楽しい時間を過ごすことができました。
 その中で特に私が印象的だったのが、「幼稚園の年長さんと、小学校6年生が一緒に演奏する」ということです。2月に私の出身高校ブラスバンド周年コンサートがあったのですが、そこでも「現役中学生とオッサン(私を含む)で1つの曲を演奏する」機会があったのですが、それに匹敵する成り立ち。
 普段は幼稚園と小学校へ通い、共通の話題も余りないかも知れませんが、一緒に演奏する場においては、大切で対等な仲間。どちらが欠けても成り立たない。まさに奇跡の姿でした。
 その後の楽器体験も大変な人気で、全部の楽器を制覇した子もいたようです。生の楽器、やっぱりいいなぁ。
…私もウクレレ練習頑張ろうっと。今は中島みゆきの「糸」を練習しています。

一日の経験で

7月 22nd, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 | 行事 - (一日の経験で はコメントを受け付けていません。)
 昨日から今日にかけ、年長組さんの「お泊まり会」を行いました。大きな貴重な経験です。どれほど大きいか…。
 あまり愉快な例ではありませんが、「恐怖の余り、一晩で髪が真っ白になる」とも言うように、「一晩の経験」が、その後にずっと大きく影響をすることがあります。そして、少なくとも卒園式までは、4分の1くらいの子が「幼稚園で一番印象に残ったのは、お泊まり会」と言い切ります(当園調べ)。
 昔の人たちは、「夜に眠るとは、一旦死ぬようなものだ。翌朝、再び起きるとは、生き返るようなものだ」と思っていた節があります。確かに自分の意識がないうちに、動物に襲われたりするかも知れませんし、もし起きても夜目が利きません。実際に、「眠っている間に死んでしまった」人は、数限りなくいたのだろうと思います。
 ということで、お家に戻った子は正真正銘「同じ子」ではあるのですが、「お泊まり会を経験した」ことで「どこかちょっと生まれ変わった」…かも、という目で見てあげて欲しいのです。親御さんが居ないことで、「…せざるを得ない。そして実際に、できた」という経験を多くしたと思います。その「特別な経験」から「できるよ!」と自信を持っていけるためには、「繰り返し」が必要です。お料理・片付け・お泊まり…ぜひ夏休みに回数を重ね、楽しくやっているうちに身につきますよう、「多彩な経験」をさせてあげて下さい。
 「どんなことをしたの?」とお聞きになると思いますが、子どもが話し始めたら、どこかで「す・な・お」を入れてあげて下さいね。「すごいわね」「なるほど」「面白いわね」です。マニュアル的に見えるかも知れませんが、きちんとタイミングを掴むのはなかなか難しいものです。その合いの手がピッタリはまると、子ども達の嬉しさ、記憶、次への意欲は増していくと思います。
 改めまして、お父様方、お母さん方には沢山のお手伝いをいただき、ありがとうございました。多くの人の手があってこそできる行事、そして幼稚園です。子ども達にそれだけ豊かな経験をさせてあげられる、と感謝申し上げます。ありがとうございました。

目鼻がつく、目がつく

7月 20th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 | 行事 - (目鼻がつく、目がつく はコメントを受け付けていません。)
 今日は幼稚園の終業式ですけれど、最後の一瞬まで「幼稚園を遊び尽くす!」という勢いで、式はきちんと静かに参加して、終わってからの園庭遊びはまさに「笑顔の花盛り」でした。
 そんな中、女の子が持って来てくれたオクラ…には目がついていました!かわいい!「どうしたの、それ?」「自分で作ってきた」とのこと。
 すでに人だかりができている机まで行くと、先生がペンとかシールを出して使わせてくれているのでした。オクラに留まらず、ナスだの銀杏だのいろいろと…。本当は食物ではあるのですが、「おもちゃにする」、その仕掛けを先生が行ったのですね。
 思えばこれ、夏休みの最もお手軽な自由研究の1つと言えそうです。どこかで見つけた物に、構わず「目」を付けてみる。生ものであれば、写真に残す。たくさん作るうちに、思わぬ発見があるかも知れません。
 終業式では、「一学期のあいだ、いろんな事ができるようになりましたね、ぜひそれを種として、好きな事を沢山してみて、楽しんで。気がつくと上達していると思いますよ」ということを話しました。手先の器用さにしても、運動にしても、人間関係調整にしても。一学期の種を、夏休みという畑で、大きく育ててあげて頂きたいと思います。

(おまけ)
シミュラクラ現象(3つの穴が空いていると、顔に見えてくる)の一歩手前でしょうか、目さえあれば顔に見えるのですから、我々よっぽど「他者の顔を気にして生きてきた」のだろうな〜と思います。(多分)生き延びるため、我々のご先祖が長い時間をかけて習得した習性なのでしょうね、それこそ言語より以前の。感慨深いです。

これも遊びです

7月 18th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 | 行事 - (これも遊びです はコメントを受け付けていません。)
 今日はプールの最終日…私が園長になって以来初の、「全日程プール完遂!」の年度となりました。これも皆様のふだんの行いが良いおかげです…ありがたし。
 さて、最終日ということもあって、再び年長さんのプールに参戦してきました。もう(?)とか使いません。文字通りの「戦い」でした。ちょうど新しい道具(強力水鉄砲とか)も入り、「水が顔にかかる」とか構っていられない状況です。カメラを片手に普段着(水着ではない)で行ったのですが、2分も経たないうちにカメラは避難、私はずぶ濡れとなりました。
 年長さんですと、結構な体重の子もいて、「イヤもう持ち上げるのは今日が最後でしょ!」とか思いつつ、抱きかかえては投げ、時にはやさしく投げ、また時には激しく投げ…を繰り返しました。中に入れればもう少し踏ん張ることも出来たのでしょうが、今更着替えるために場を離れることもできず、最後まで一緒に遊びました。先生の笛が鳴って「おしまーい」のはずが…
 プールが終わるとすぐに水を抜き、掃除に入ります。そのために排水口を全開にするのですが、その排水口が面白いと感じた子がいるのですね。
 ドクドクと流れ出る口は、時折脈を打っています。しばらく見ていたかと思ったら、おもむろに踏んづけました。その後、持ち上げてみたり口を絞ったりと、しばらくの間遊んでいました。
 サイフォンの原理があるので、水面以上に持ち上げると流れでなくなります。その様子も何となく観察し、「どうやったら遠くまで飛ばせるかな」といろいろ工夫して、流れていく様子を全身で感じていました。あー面白そう。プールから出て、おもちゃも使わず、自分の発見と工夫で遊ぶ。彼らが「作り出した遊び」を見つけた私も、一緒になってにんまりしていました。
 改めまして、連日々々、お母さん方にはプールのお手伝いをいただき、本当にありがとうございました。最初は不安に感じていた子どもたちが、水になれるに従い大胆な行動に出られ、「ちょっとくらい水が掛かったって気にならない」に変化していく様子をご覧いただけたかと思います。
 お手紙も配りましたが、「水での事故」は一瞬でおきたりします。せめてパニックにならないよう、「息堪え」などの体験を積めるように行ってきました。海や川の水はプールとは全く違いますが、「安全に生活する」につながる保育ができたのではないかと思います。ご協力ありがとうございました。

野菜盛りと言えば

7月 10th, 2017 | Posted by Sato in 保育論 | 行事 - (野菜盛りと言えば はコメントを受け付けていません。)
 今日は幼稚園で「みたたまつり」の集いです。私が園長になった10年前と比べてさえ、お盆について「お仏壇がある」「家でやったことがある」という子が減ってきているのを感じます。
 コンセプトは子ども達にも話したのですが、「皆が元気に幼稚園に来られる←ご両親が育ててくれているから←昔は子どもだった=お爺さん・お祖母さんが育ててくれたから←昔はこどもだった=曾祖父母が育ててくれたから…ご先祖様と呼びます」という話をしました。
 子どもが育つ環境として、「より多くの繋がりを持っている」ことはとても大切だと思うのです。世の中の柔軟性(不確実性・理不尽さ含む)に打ちのめされないためにも。「沢山の人の想いが重なって、いまあなた達は育っている」という実感は持たせてやりたいと思います。
 さて、「キュウリの馬、ナスの牛」は定番なのですが、今日は先生が野菜盛りを説明していました。と言っても「これはトウモロコシ、これはインゲン…みんな、夏の野菜なんだよね」と。あのような盛り合わせは、なかなか見る機会もないだろうと思います。
 そんな中、「アルチンボルト」の絵を下駄箱に架けておきました。早速「駅にポスターがあった!」と気付いた子もいました。観察眼が優れている子は、きっと好奇心も強く、その分「楽しいことがたくさんある」ような気がします。アルチンボルトの絵も、「ちょっと見てびっくり、じっくり見てニヤリ」な要素がたくさん隠れています。実物はかなり大きいので、機会がありましたら上野でご覧になるのをお勧めします。

言葉で意識

6月 30th, 2017 | Posted by Sato in 保育論 | 行事 - (言葉で意識 はコメントを受け付けていません。)
 今日は各学年の体操参観で、多くの方にお越しいただきました。ありがとうございます。
 もちろん「子ども達の様子を見る」ことで、「子ども達の育ちの価値観を共有」「成功体験と嬉しさの共有=応援」をはかり、子ども達のより力強い成長につなげていこう…というのが趣旨です(選挙っぽい口調になってる?)。
 私も、もう何年も見ているのですが、今日は「指導の先生から、親御さんへのメッセージ」だな…と思うような台詞がありました。
 この体操の成り立ち。目指していること。子ども達の気持ちを常に見ながら行っていること。運動のねらいと共に、その背景にあるストーリーを、たくさん話していらっしゃいました。
 ということは、特に年長さんにとっては「今後の子育て、体育で迷うことがあったら、この”原点”に立ち返って下さいね…」という意味なのかな、と感じたのです。
 もちろん、今後も引き続きご指導いただきたいと思っています(もしかしたら、毎年同じメッセージは発しておられた?)。けれども、「子どもの様子や願い」を言葉にして渡すことで、受け取った側も「同じ様子理解や願いを持つ」ことはできると思います。それはまるで…

 「信じられる嘘を共有したのが、サピエンスの強みである」(『サピエンス全史』園長のうろ覚え部分)のようです。

 ア…「嘘」というのは「仮説」程度に受け止めています。

遊びを作り出す

6月 29th, 2017 | Posted by Sato in 行事 - (遊びを作り出す はコメントを受け付けていません。)
 今日は、小石川植物園での園外保育。お陰様で曇り空だったので、何かにつけ都合がいいな…などと思っていたのですが、行って見たら結構な気温と湿度の高さで、大人たちも結構「疲れた〜」な一日ではありました。
 近年、利用に関して大学からの遵法化…というか「運動場ではありません!」に象徴される「お約束」が多くなって、幼児にとってはやや窮屈だと感じていたのですが、今回はその方針が少し変わったのか、とてもフレンドリーな職員さんが多く、園児たちもとても楽しめたようでした。
 以前はいろんな道具を持ち込んで遊んでいたりしたのですが、ほぼ全面禁止。「宝探しのような印をつけてもいけません」とのお達しがあり(ネイチャーゲーム、なのでしょう)、「とにかく観察イチバン」ということで、朝の集まりではそう行った話をして散策に出かけました。
 幼児はもちろん「見る」が大好きなのですが、あれだけ開放的な場所で、果たしてどうか…「大声を出さない」「走り回らない」を守りつつ、どう楽しむか?一抹の不安がなかったと言えば嘘になります。実際、他園の話を聞いても、「規制が強くて、ちょっと敬遠しちゃう…」という声を聞くほどなのです。
 しかし、戻って先生方の記録を見ると、子ども達はそんな中で「楽しみ」を見つけ、植物園を味わった姿が見えてきました。「いろんな形の木を見つけては、映画に出てきそうだと言っていたり、枝垂れの木を見て「雨みたいだね」とストーリーを楽しんだり、もちろん木の実を探したり、池の飛び石をドキドキ渡ったり…まさに自然をそのまま受け入れて、遊びを作り出していました。
 そうです。「おもちゃ」というのは「遊ぶための道具」ですが、それは誰かが「こうして遊ぶ」というデザインをして産み出されたもの。それはもちろん文化であり良いことなのですが、「本来、遊ぶためではない」物の中に遊びを見出す…というか作っていく力は、ぜひ育てたいものの一つなのです。オリジナルであるかは問いません。教えて貰ったものでも構いません。しかし、見立てとか空想とかを駆使し、遊びを見つけ出す力は、今後「世の中どうなるか分からない」現代にあって、とても求められる力なのではないでしょうか。
 戻ってから改めて思いました。「植物園のどこに、どんな物があって、子どもの遊びのネタとして使えそうなものはどれだろうか?それを私たちは充分調べてあったのか?」もちろん、その想定の外を行くのが子ども達ですが、自戒として、そんな思いが浮かびました。
 子ども達が一生懸命に「木の実」を拾っていました。「園長先生、これ、何の実?」見覚えのあるその形は…銀杏でした。園内に山ほどあるのに。やや苦笑しながら、「ぎんなんだね。この大きな木、銀杏の木だね」とお話しました。木の名前、私も知らない物がたくさん…もっと沢山知っていれば、またひと味豊かな経験をさせてあげられたのかも、と少し後悔しています。

 ともあれ、園内までお付き添いいただいた年少組保護者の方、幼稚園で暑い中お待ち戴いた年中・長の保護者の方々、どうもありがとうございました。貴重な経験と学びのあった一日でした。

消防署・広報

6月 22nd, 2017 | Posted by Sato in 行事 - (消防署・広報 はコメントを受け付けていません。)
 年長組さんだけの活動、「小石川消防署の見学」に付き添ってきました。陽当たりもそれなりの中、15分程度、交通ルールを遵守しての行き来で、現場はもちろん、トータルとしてもよい経験になったと感じました。
 今年は、「現場で広報車」というピカピカの車を用意して待っていてくださいました。消火栓のある場所まで行くと、荷台に消火訓練の道具が積んであって、「どこでも消火訓練ができます」というもの。都内でも2カ所にしか配置されていないそうです。
 その後、消防士さんの出場着替え競争、訓練見学、写真撮影…と進んでいきましたが、最初から最後まで、消防士さんがきちんとプログラムを組んで、付き添って下さっていたのが印象的です。以前は「訓練の邪魔にならないように、そこで見ててね」という感じだったのですが、いろいろと幅があるものだなぁと。
 「これこれ、という典型的なプログラムはない」ということの裏返しではありますが、毎年いくつもの園の見学を受け入れるなかで、磨かれてきたのだろうと思います。ありがとうございました。
 そういえば、ポンプ車は2種類のホースを積んでいます。黒くて太いものと、白くて畳まれているもの。放水のためのものはよく目につくと思いますが、ポンプに給水する黒のホースがなかったら、役に立ちません。子ども達には見分けポイントを教えておきました。「供給がなければ提供はない」、当たり前の話ではありますが、いろんな所で具体例の見られる「おしえ」ですね。