明照幼稚園

バザー御礼 ありがとうございました。

6月 24th, 2018 | Posted by Sato in 行事 - (バザー御礼 ありがとうございました。 はコメントを受け付けていません。)

りねあの先生による力作。

 本日は、PTAのみなさんにより、幼稚園のバザーを開催していただきました。今回で第46回ということで、掛け値なしに「歴史を積み重ねてきた」行事だと感じます。本年度も「PTAみなさんで作り上げたバザー」であり、関係の皆様には心より御礼申し上げます。多分、当初の捉え方と今では変化も起きているのだろうとは思いますが、それに連れて実施するご両親・我々教職員も少しずつアップデートして対応しているのだろうと思います。
 簡単な例では、「3年前まで、先生方が売っていたのはブリックパックだった」のです。ゆえに「ブリックパックを畳んで捨てる手順書」という掲示物がありました。昨日みんなで確認して、「もう不要だ」ということで廃棄にしました。そう言えば、私が覚えている限り…古い園舎でしたが、先生方が頭に飾りを付けて「喫茶店」をやっていた覚えがあります…昭和だったでしょうか。
 私は今日、「全員の方をお迎えする」というミッションで、ずっと入口の所にへばりついていたので、実際の盛況ぶりはあまり見ることができませんでした。けれど、事前に部屋の装飾を見せて頂いたり、時折聞こえる歓声に「ああ、楽しい一日になっているようだな」と安心しました。
 それこそ時代を反映して、「手作り」と言っても相当素晴らしい出来映えの装飾や企画もあります。昔では考えられなかったのではないかと思います。けれども、保護者の方々(と職員も)で「作り上げる」バザーであることは変わりないと思います。幼稚園がひととき、ワンダーランドになったかのようでした。
 「子ども達と、楽しい一日を。私達の手で」というのがバザーの現在の姿だと思います。ご苦労されたことも多いとは思いますが、皆さんで楽しい思い出ができたのではないでしょうか。
 ケガや事故もなく、無事に過ごせましたこと、改めてみなさんに御礼申し上げます。ありがとうございました。

繰り返すから

6月 6th, 2018 | Posted by Sato in 行事 - (繰り返すから はコメントを受け付けていません。)
 「子どもにとって、試行錯誤は大切です」と言い、「繰り返すことが練習の本質ですね」と言いながら、やっぱり大人にとっても同じ事だなぁ、と思う事がありました。
 今日は近くの専門学校から、1年生さんが見学に来られました。この春高校を卒業した方たちが主(我が長女と同学年です)で、もしかすると「幼稚園に入るのは、自分が卒園して以来」という方もあったかも知れません。その方達に、「幼稚園って、こんな場所ですよ…」というご紹介をするのが私の役目。それなりに重責です。
 雨の予報が出ていたこともあり、事前に担当の先生からも「雨の場合は、登園風景の見学をどうしましょうか?」「それに応じてスケジュールはどうしましょうか?」「事前に伝えておくべき点は変更ありますか?」など、事細かなお問い合わせ・ご相談もいただいておりました。
 いざ予定の時間となると、やっぱり雨…。最初の予定では20分程度の見学を考えていたので、その分も私が「何かをして」保たせることに。お話ばかりでは辛かろうと思って、いくつかのワークも用意しました。
 有り難い事に、学生さん達は概ね真剣に話を聞いてくれました。「七・五・三」と言って、「話を聞いて理解しているのは小学生7割・中学生5割・高校生3割」とか揶揄されることもあるのですが、「やはり自分から志望し選択して入った学校では違うんだなぁ」と感心しました。
 私じしん、話す側としても、彼らの授業の様子は分からないのですが、ここ数年かけて園内で行ってきた色々な研修・実習とか、たんぽぽぐみでお母さん方とワークを行ってきたことが使えたのも良かったと思います。グループで話し合って発表したり、実演してもらったり、一対一で語ってもらったりと、いろんな形式を取り入れてみました。
 それにしても、「何回も繰り返すことで上手になる」のは王道ですね。先生方が書いた子どもの記録でも、「先に折紙を完成させた子が、周りの子に教えていました。それも回数を重ねるごとに説明が上手になって。繰り返し行うゆえですね」とありました。
 ともあれ…今日の経験が、彼ら彼女らの将来に向け、何らかの糧になってくれることを祈ります。
 幼稚園の見学はいつでも歓迎です、とお話しましたので、もしかすると今後も来て(遊んで)くれることがあるかも知れません。

考える姿

6月 4th, 2018 | Posted by Sato in 保育論 | 行事 - (考える姿 はコメントを受け付けていません。)
 今日は「時の記念日の集い」。実際には10日なのでかなり前倒しなのですけれども、諸般の事情で…行いました。
 昨年度の「ねはん会」で好評だったこともあり、「幼稚園内にある、大きな時計を集めてスライドを作ろう」と考え、あちこち見て廻りました。今日はお御堂参りもあり、結構バタバタとした製作だったのですけれど、何とか間に合わせることができました。
 原理は「お花探し」と同じで「この時計、どこにあるかな?」というものなのですが、子ども達には「指先ビーム」で「あっちにあるよ!」を示してもらいました。
 その中でも一番難しかったのが「旧園舎の柱時計」です。たんぽぽぐみに通っていた子であれば目にしていたであろう、とは(うっすらと)思うのですが、年長さんは多くが知っていたものの、年少さんで知っている子は少数派でした。
 そこでは「柱時計」という名前で教えたのですが、これがのちのち「考える」きっかけになりました。
 司会の先生が「日本で初めての時計(漏刻)は、こんなに大きかったのです」とか紹介してくれて、全体の振り返りをしていった時のことです。
 例の「柱時計」…を言おうとしたら、子ども達から「ふるどけい!」という声があがりました。先生「うーん、もうちょっと…」 C「大きなふるどけい!」 T「あー…(柱時計なんだけど…)」 C「大きなノッポのふるどけい!」とまで行ったかは定かに覚えていないのですが、子ども達にとって「アレ」は「大きなノッポの古時計」なのですね。
 思えば、時計の分類はかなり実利的というか機能的というか、素っ気ないですね。「腕」「柱」「壁かけ」「目覚まし」「懐中」など。物語がないので、子ども達にはつまらないのかも知れません。
 しかし、子ども達の考えは面白いですね。知っている「大きなノッポのふるどけい」という言葉から、名前を想像していったのですから。「持っている材料から考える」。当たり前のことですが、「材料を与えないで考えよと言っても仕方ない」ものです。私も時々やってしまいます…「自分で考えなさい!」と言いつつ「反省しろ!しおらしくしておれ!」としか意味のない発言を…。
 「考えるためには、材料を集めてから」。両方を合わせて「考える」と呼ぶのかも知れませんが、持っている材料の差が大きい時には、特に気をつけねばなりませんね。

第1回見学会

5月 30th, 2018 | Posted by Sato in 行事 - (第1回見学会 はコメントを受け付けていません。)
 本日は、31年度入園に向けて第1回の見学会を行いました。参加して下さったみなさん、ありがとうございました。幼稚園や先生方の雰囲気を感じて頂けたでしょうか。
 予定では「主活動も見ていただこう」とか考えていたのですが、午前保育ということもあり、朝の園庭遊びをみな長めにとっていたようです…遊びと一斉活動の切り替えの姿を見て頂けたでしょうか。
 朝の会などの姿をご覧になると、「一年であのように育つのかしら…」という不安を覚える方もあるとは思います…が、毎年いらっしゃいます。そして、その子も「今年の年少さん」に含まれているのです。
 途中で「よい姿勢で椅子に座る時間」がありました。担任が一人一人、背中に触れて姿勢を正しています。それを3年間続けて、「良い姿勢を、しようとおもえばできる」まで育つものだと思います。現代では家庭で「よい姿勢でいなさい」と言われることは稀だと思います。学校でもどの程度重視しているのかは分かりません。けれど、「よい姿勢とは、こういうもの」というのを3年間伝え続けて、漸くみんなでできるものです。見学ですと、ついつい「できている」子に目がいってしまうものですが、子どもの育ちは一人一人。「いずれ卒園までには」というスケールで考えております。
 ご家庭が「姿勢なんてどうでもよい」という考えですと、幼稚園とはそぐいません。「幼稚園では、そういう時間もあるよね」という程度の受け止めで結構です。しかし、結構美しいものですよ。子どもが背筋を伸ばして座っている姿は。
 次回の見学会は6月28日です。今回とはまた違った姿が見られると思いますので、どうぞ多くの方にご参加いただければと存じます。

並んで歩くのも

5月 25th, 2018 | Posted by Sato in 行事 - (並んで歩くのも はコメントを受け付けていません。)
 昨日は年長さん、先生と一緒に小石川消防署へ見学に行きました。
「現場で一生懸命働く大人」に触れることも、「消防自動車」を見ることも「消防士さんに質問すること」も、みな「年長さんならでは」の活動でありますが、写真のように「交通ルールを守って歩いて行く」のも目的の一つです。
 実際、幼稚園の指導要領には「社会生活との関わり」という項目があり、「公共の施設を利用する」際のマナーについても、触れるようになっているのです。普段の登園ではどのような場所を歩いているか分かりませんけれど、一応「幼稚園の教育時間の中」ですので、このように歩いています…。
 さて、私が現地で目を見張ったのは「消防士さんへの質問項目」です。「どんな質問でも、全部答えますよ!」と頼もしく言ってくださったのを受けてか、かなりの数でした…そして「およそ目につくもの、全て知りたい!」とばかりの勢いでした。「あれは何ですか?」、「どうなっているのですか?」「どうしてですか?」と聞き方も多彩です。消防士さんの階級章まで聞いていたのは「よく見ているな〜」と感心しました。
 対応頂いた小石川消防署の皆さん、そして訓練で真剣な姿を見せて下さったみなさん、ありがとうございました。戻ってから「自分も消防の仕事に就きたい」と言っていた子もいるようです。

兎と話せる

5月 14th, 2018 | Posted by Sato in 行事 - (兎と話せる はコメントを受け付けていません。)

結構前のめりで聞いてくれます。感謝。

 今日はお天気も回復し、気持ち良くお御堂参りができました。お陰様で、お話選択の幅も増えてきて、今日は新美南吉「こぞうのおきょう」をお話しました。
 お経というのは、通常大人でも子どもでも理解不能なところが多いでしょうけれど、子ども達、結構ここで笑ってくれます。「南無〜無量〜帰命〜礼〜」と、それなりにお経に出てきそうな言葉が並んではいるのですが、話者(私)が「ここは笑っても良いんだが…」と思いながら演じていると、そこを察してくれるようで、誠にありがたいです。
 話の筋としては、兎に教えて貰ったお経を読んで事なきを得るのですが、圧巻は「貰ったおまんじゅうを、兎に分けてやるのを忘れませんでした」という終わり方です。
 今回、そこで一息入れて子ども達に尋ねました。「さあ、帰り道にもう一度、兎さんを見つけた。小僧さんはどうするかな?」…「半分あげた!」と答えた子がいました。何と有り難い事でしょうか。
 その子は、読み聞かせて貰っていたのかも知れません。その場で考えたのかも知れません。どちらか分からないけれど、とにかく「半分あげた」と答えた。きっと彼が小僧さんなら、そうしただろうな。普段の生活を思い出して、園長はそう思いました。
 さて、先日お御堂の障子を張り替えました。現代、室内外を隔てているのは壁やガラスですから、大変珍しいかと思います。「紙が貼ってあるんだよ。だから光が透けて明るいし、風を防ぐこともできる。だけど、指を突っ込んだら破けるからやめてね」とお話しました。
 ともあれ「兎と話せる」は比喩です。「自然のありのままを謙虚に学べる」ということを、言いたかったのです。

卒園式だ おめでとう

3月 20th, 2018 | Posted by Sato in 行事 - (卒園式だ おめでとう はコメントを受け付けていません。)
 今日は卒園式。雨のうえに何だか寒いですけれど、園内は暖かい雰囲気と空気が流れていました。
 朝のお御堂参りでは、保護者の方と一緒にお祈りをしてもらいました。「明るく・正しく・仲良く」の話をして、「What何をするか?よりも、Howどのようにするか?が大切なんですね」ということをお伝えしました…大人の方には。
 それがあってか、式でのお話も、坊さんっぽい匂いがしたかと思います。「仲良くっていうのは、だれか一人が言い出したら残りは異を唱えないという事ではないよ。せめぎ合って・折り合って・一緒にやっていくことだよ」という話をしました。「きっと、君たちの担任の先生がやってきたようにね」…そして、君たちのご両親もね。
 そして、これまた以前どこかで書いた覚えがあるのですが、「私達が協力しなければならないのは、自然の力に対応するため」という話しもしました。実際具体的には「他の動物に対抗する」という事だったのだろうとは思うのですが、この日本の特殊性として「自然の豊かさと、その裏返しとしての自然災害」の話もしました。「イザという時こそ、力を合わせるんだよ」と。今年卒園の子は、もう震災後の生まれです。経験としてはなくても、自然の力については、「知っている私達」が伝えていかなければならないのだと思います。
 手放しの「おめでとう」を言っても良い日なのだろうとは思うのですが、老婆心だか何だか、「幸せになるために知っておくべきこと」であろうと思い、話させて頂きました。
 私は現在、主に3つの「現場」があるのだろうと認識しています。一つは幼稚園。一つはネット。一つはお寺。実はこれら、出会う人たち年代が異なるのです。かつ、あまり重ならない。それらを行ったり来たりしながら、色んな人と話をしていることが、今の私の強みではないかと考えています。年代によって考え方に開きのある分野もある。年代によらず共通した価値観もある。ある方向に向かって、人の価値観が変わりつつあることも感じる。いろんなことを考え・感じながら、これからも柔軟に幼稚園を運営していこうと思います。  子ども達、卒園おめでとう。保護者の皆様、ありがとうございました。みんなが幸せになりますように。

年度終わりの終業式

3月 19th, 2018 | Posted by Sato in 行事 - (年度終わりの終業式 はコメントを受け付けていません。)
 今日は3学期の終業式。小学校でも既に終業式・卒業式を終えた所もあるそうですけれど、本日をもって年度は終了となります。
 「1月から始まった学期の終わりであると共に、年度の終わりでもあります。だから、今度みんなで集まる時は、それぞれ学年があがっています」というお話をしました。幼稚園での1年間は大きくて、「3歳で入園して4歳になっている」は、すでに「1.33倍」ですから各々いろんな成長をとげています。いろんなドラマを経て…。
 「そして、年長さんは幼稚園から小学校へ行きます」というお話で、「服のたとえ」をお話しました。「みんなにとって、"幼稚園”という服が今はピッタリだけれど、もうお兄さん・お姉さんたちには窮屈になってきたんだね。だから、これからはもっと広い世界・広い社会へ行くんだよ」という趣旨のお話です(いつだったかの明照新聞に書きました)。
 そうして、一曲ずつ披露して終わっていくのですが、年長さんが歌うときって、みんな決まって注視するのです。前から写真を撮っても、殆ど全員が後ろを向いている(笑)。それだけの…周りの注目を集めるほどの力がある歌を、歌う事ができるのですね。
 最後には園歌。「幼稚園の(関係ある)全員が、必ず一緒にうたえる」というのは、考えてみればありがたい事です。「みんなの言葉が違ってしまったので、バベルの塔が建てられなくなった(違いましたっけ?)」の反対で、「みんな同じ言葉・同じストーリーを共有している」のは誠に幸せなことです。3月になって、自分の出身高校(今は息子が通っています)の校歌とか、娘の校歌(長女と合わせて12年でした)とか「出席者全員で一つの歌をうたう」機会が多いのですが、その度に何ともジーンときます。

 一緒に歌える歌があるって、いいですね!

本物を使う。

3月 18th, 2018 | Posted by Sato in 日々の姿 | 行事 - (本物を使う。 はコメントを受け付けていません。)
 今日は「お荷物整理」…大掃除の日でした。三学期ですので、子ども達もかなり慣れていて、要領よく進めている姿が見られました。そして、繰り返してきた事によって、「目が良くなっている」のですね。多分最初には気付かなかった場所について、「ここも綺麗にする!」と、張り切って雑巾掛けをしている姿もありました。
 確かに、子ども達が「身に付ける」ための手段は「繰り返し」です。「折紙製作」などでも「2つ折る」ことが多いのですが、「最初の一個は苦労しても、2個目はかなり自信を持ってできる」という姿をよく見ます。大人から見ると「2回目で、もう自信満々なの?」と言いたくなるかも知れませんが、「もう知ってるもん!やったことあるし!」と積極的に関わっていけるのは、子どものよい性質だと思います。「絵を見せに来た対応としては、”また描きたいな”と思って帰らせることができれば、まずはオッケー」というのにも通じています。  そんな事で、「以前はここ、気付いていなかったな…」を掃除している姿もまた、成長の一つと捉えられます。
 また、掃除道具というのは基本的に「全部が本物」です。当たり前と感じるでしょうけれど、「子どもには使わせられない(使わせたくない)道具」というのも結構あるなかで、大概の掃除道具は「大人と同じものを使える!」筈です。その辺りも、きっと楽しいのだろうな…「大人と同じようにできる」ことって、きっと嬉しいだろうな…と思いました。
 ともあれ、先生方は「この場所は道具は、次に来る、新しい”○○ぐみさん”が気持ち良く使えるように、綺麗にしようね」と働きかけていました。どれだけ実感を持って受け止めたかは分かりませんが、「片付ける・掃除する」は未来志向であることは、いつか気付いて欲しいと思います。

同じ空の下

3月 12th, 2018 | Posted by Sato in 日々の姿 | 行事 - (同じ空の下 はコメントを受け付けていません。)
 今日は「お別れ園外保育」で飛鳥山公園へ行きました。例年よりは一週間遅くし、「暖かくなってきました」という言葉が実感できるようなお天気。朝は風がありましたが、日射しがあって「焼けたわね」と言われる(園長)ほど…。
 普段の通園より距離はありますが、現地に着いてしまったら、もう楽しむしかありません。「なるべく遊ぶ時間を多く取るためには?」とスケジューリングし、遊べる道具も準備して行きました。
 現場が広いので、私はあちこち移動しながら様子を見ていました。年長組さん、「じゃんけんベースボール」で大盛り上がりでしたね。お母さん方も本気でやってくださって、親子共にたいへん嬉しそうでした。年少さん・年中さんも「お母さんと一緒」って、もう100%嬉しい事なのですね。
 そして最後は、「お別れ園外」ならではの「アーチ」です。入口の年少さんのアーチをくぐる時には四つん這いになった子もいましたが、最後の出口ではもう、「飛び出してくる」という感じでした。あのトンネルにはいろんな譬えが思いつくのですが、「3年間は短いようだけれど、これだけ大きくなった」を実感できるものとして、とても良いものと思います。壁となり通過していく子ども達へ何かの言葉をかけ見送る、在園児や大人にとっても。
 「どんな意味があるのか・ここから何を学ぶのか」「何と似ているのか・どこが違うのか」「どんな点で際立っているのか」と考える事は、多分人間特有のはたらきだろうと思います。それこそAIとかには苦手な。
 子ども達が、そして大人達がいつか今日を振り返り、「あのトンネルは何だったのか」「あの日、一緒に同じ空の下にいたのは何だったのか」を問い、自分なりの答えを手にしてくれたら嬉しいです。
 気をつけるべきは、「〜は何だったのか?」という問いを、「答えのないもの」として使ってしまう癖です。「どうして聞けないの!」「何度言ったら分かるの」等に通ずる、役立たずですよ。本気で意味を探すと、「自分なりの答え」が見えてくる。それが人間らしさ・自分らしさです。