明照幼稚園

Author Archives: Sato

遊び続ける

7月 31st, 2013 | Posted by Sato in 日々の姿 - (0 Comments)
 今日は第2回の「おみせやさんごっこ」があり、たくさんの子ども達が来て楽しんでくれました。傍から見ていることで気づく点は多いのですが、今日は「遊び続ける」というポイントで書きたいと思います。
 幸か不幸か、お店の商品は限りがあり、「早くも売り切れてしまった!」という所もあれば、最後まで「どうぞ〜!」と呼び込みをする所もあります。これは幼稚園でのおかいものごっこと同じです。そして、私は今日みていて「予定していた時間よりも早く終わってしまった時にどうするか?」これを視野に入れてもいいのだな、と思いました。「最後まで売っていたお店のメンバーは、最後まで子どもに向かい続けた」とも言えるのです。
 あるグループは、品物が売り切れてしまったので(準備が少なかったのだろう、とも思うのですが)即席でルールを作って遊んでいました。また別のグループは、売り切れを喜んで、友達のお店に遊びに行きました。そう。前者は「子どもを楽しませ続ける」ことを考え、後者は「自分達で楽しむ」ことを選んだのです。みなさん学んでいる途中なのですからとやかくは言いませんが、「売り切れなので、お終いです」以外の選択肢があり得ることを考えられるといいな、と思いました。何らかの事情があって、終了間際に来る(きっと、急いで来たのでしょう)子もいる、ということです。
 ともあれ、子ども達にとっても、保護者の方にとっても、私たち園職員にとっても、とっても楽しい企画でした。写真も撮らせてもらいましたが、さすが保育を志す方達、子どもの前で素敵な笑顔を見せてくれたのが印象的でした。これからも、いろいろ学び考え、素晴らしい保育者が沢山育って欲しいと思います。

脇から見て、分かること

7月 29th, 2013 | Posted by Sato in 保育論 | 日々の姿 - (0 Comments)
 今日は、近くの専門学校から2年生が来てくれて、「おみせやさんごっこ」を開催してくれました。先方にとっては授業の一環だそうですが、子ども達から見れば楽しいイベント。私や今日出ていた教諭達も、一緒に楽しませてもらいました。学生さんが90名近く、子ども達と保護者の方で100名以上。かなりの賑わいで「プチ夏祭り」と言ってもよい程でした。
 幼稚園でも11月には「おかいものごっこ」がありますから、子ども達はきっと「今日のお兄さんやお姉さんのように、お店やさんをしたいな」と思ったことでしょう。そして!!子ども達の様子を隣でご覧になっていた保護者の方にも、「おかいものごっこ」の楽しさを一緒に体験していただけたのではないでしょうか(ここが大切です)。それは一言でいえば「プロセスとしての楽しさ」です。
 実際、「持って帰った物」だけを見れば、シンプルな手作りですから簡単なものです。しかし、それ以上に子ども達の気持ち=嬉しさは「自分でやったの!」「自分で選んだの!」という方に由来しているのではないでしょうか。これは今日も11月も同じです。施設開放の中で行えたというのは、そんな意義もあったのだろうと思います。 ともあれ、沢山準備して下さった学生さん、ご指導頂いた先生方、そして今日参加してくれた子ども達・保護者の方。沢山の笑顔溢れる時間が幼稚園で作れたことに感謝いたします。ありがとうございました。

施設開放

7月 25th, 2013 | Posted by Sato in 日々の姿 - (0 Comments)
夏休みが始まり、施設開放期間になりました。今日は有志のお母さん方で「シャボン玉大会」も開かれていることもあり、とても多くの子ども達が遊びに来てくれました。登園・降園時間やお弁当の有無等も自由にしていただいているので、子ども達も普段よりのんびりと幼稚園を、そして心ゆくまで楽しんでいるようでした。普段の「社会性が大事!」というスタンスから離れて、「鉄棒やり込む!プール入り続ける!」といった環境を作っています。
 そして、来たる29日・31日は近くの専門学校の学生さん方による「おかいものごっこ」。沢山の参加表明をいただきました。店員さんたちも、きっと張り切って準備してくれている事と思います。どうぞご活用下さい。

「諦め」について

7月 21st, 2013 | Posted by Sato in 保育論 - (0 Comments)
 最近、テレビでは「少女」事件についての報道が続いています。仏教者として心を痛めております。
 仏教では、世の中の様子について「四諦」つまり4つの見方を説いています。その第一が「苦諦」。砕いて言えば、「世の中には苦しみがある。苦しみとは思い通りに行かないことである」なのでしょうが、この事を仏教者が伝えていない・サボっていると言わざるを得ません。
 もっと上手い言い方をする人もいます。「分かり合えないことから(平田オリザ)」。そう、親子も夫婦も独立した個人として扱うなら、当然の帰結として「分かり合えないことから出発する」しかないのです。言わば0点からの積み上げ。基調が0ですから、何があってもプラス。どん底からのスタートです。対して「人間、分かり合える」という前提は「100点からの減点」ということもできるでしょう。勢い日々起きる事が辛くなる。
 「分かり合えたらいいね」、その理想を描くのは結構です。しかし同時に現実の認識として「最終的には分かり合えない」と知って=諦めておきなさい。それを仏教者は伝えるべきであるのに、していない。声が小さい。伝え方が不十分。
 「ネットで悪口を言われた」。それは教室で、あるいは町中で言われたのと同じように感じるのでしょう。でも。「ま、他人だからね」で受け流して行けたなら、こうはならなかったのではないか。つまり、「ま、他人だから思いはそれぞれだね」と言えるシーンがそれまでにどれだけ作れていたか、経験させておけたか。家庭や幼稚園で送る日々について、改めて考えさせられます。(多分続く)

ではあるのだが。会うは別れの始め

7月 19th, 2013 | Posted by Sato in 保育論 - (ではあるのだが。会うは別れの始め はコメントを受け付けていません。)
 終業式の後、今日でお辞めになる先生のお別れ会がありました。年度末の、卒園式に続いてではありませんので、単独で「お別れ会」です。
 その話の途中、司会の先生が言葉を詰まらせました。年少さんの中には「どうして泣いているの。」という子もいたのですが、大きい子達はきっと察したのでしょう、心配そうに先生の顔を見ていました。ああ、知っているんだな、世の中には「別れ」ということがあり、それが意味することを。その様子を見て、私は二人の先生の気持ちに寄り添う子ども達の成長を見ました。
 今、社会では感情を表に出す(交渉とかコンサートとかで、戦略的に演出するのは別として)機会は殆どなく、また「みっともない」と取られかねない時代です。そうではあるけれど、二人の先生が想いを子ども達に見せた、それは「指導」という意図を越えた、「子育ち・自らの育ち」の姿だと思います。手前味噌ではありますが、先生として、の前に人間として素晴らしい人たちだと思います。
 もしかすると、「自分もいつか、こうして去っていくのか」と思った子・思った先生もいたかも知れません。「会うは別れの始め」。それは知っているけれど、こういう感情なんだ。言葉に実体が宿ったというのか、気づいたのではないかと思います。何て素晴らしい。何て悲しい。何てリアル。「幼稚園で人生を学ぶ」とは、まさしくこういうシーンを言うのでしょう。

気がつく人は…

7月 19th, 2013 | Posted by Sato in 日々の姿 - (0 Comments)
幼稚園も今日は終業式。バタバタの4月から、プールで大はしゃぎの7月まで、みんなよく通ってくれました。その中で、特に年少さんは生活がガラッと変わった訳ですが、日々の生活も身につき、「我が物顔」で職員室に顔を出し、「園長先生〜」と声を掛けてくれる子もいます。 さて、オタマジャクシのいた池の横にある金柑ですが、今たくさんの花が着いています。私も長いこと見ているのですが、どうも「前の実が終わると花が咲く」という巡りになっているようで、四季と関係ないのかな?と思ったりしています。 ともあれ、近くに行くと良い匂いですので、1学期終わりの思い出に、かいでみてはいかがでしょうか。ただし、蜜を吸いに虫たちが沢山集まっているので、ご注意くださいね。

個性際立つ

7月 17th, 2013 | Posted by Sato in 日々の姿 - (0 Comments)
年長さんが育てている朝顔、だいぶ花が開いてきました。ここだけの話、今日に到るまで何度か植え直しをした鉢があります…。芽が出なかったり、異常に丈が短かったりして。密かにバックアップしている所から、週明けになると移されてくるのです。そんな訳で、咲いている種類も結構バリエーションがあるのです。今日は屋上から軒下に降ろしたので、じっくり見る機会もでき(今までは水をやったら遊びに行くという子も多かったのです)、その違いが際立って見られるようになりました。 それにしても、多くの種類があるものです。葉の形、茎の色、そして花の大きさ、色、模様。もしかすると「全員同じ物はない」位なのかも知れません。家に持って帰ってからは一つの鉢を見ることになるので、ぜひ今のうちに「ほほぉ、こんな所が違うなぁ」とか比べて観察してみて下さい。きっと虜になってしまいますよ。

みんなでチャレンジ!

7月 12th, 2013 | Posted by Sato in 日々の姿 - (0 Comments)
今年は、たんぽぽぐみ初の試みとして、保育後に有志のお母さん方に残っていただき、【オムツはずし座談会】を開催しました。初めてのお子さんの方、二人目三人目の方、その子の体の発達具合など、状況は様々ですが、オムツが外れてゆくパターンはある程度共通のようです。その基本をお伝えしつつ、経験談も交えて、いろいろなお話があったようです。最後の結論は「お母さんが覚悟を決める」なのかも知れませんが、そこに至る過程を共有できたのは、大きな成果だったとおもいます。自身は子育て経験のない担任が進行したのですが、皆さんの実例を交える事で、立体的な話になったと思います。子ども達もお母さんも、頑張れ!と応援したくなります。

いよいよ!収穫です。

7月 11th, 2013 | Posted by Sato in 日々の姿 - (0 Comments)
今日は「みたままつり」が主な活動だったのですが、年中さんたちは、待望の「枝豆収穫」がありました! 豆は肥料分が少ない方がいいので、植えてからの作業は虫除け・寒さよけが中心となります。あとは「待つこと」。子育てに通じますね…。 「食べる」という以上の関わりを、多分「食育」と呼ぶのだろうと思います。子ども達がどれだけ多角的な関わりが出来るか。それを考えるのが私たちの仕事なのだろうと思います。

自分でできるように

7月 10th, 2013 | Posted by Sato in 日々の姿 - (0 Comments)
今日もプールからは元気な声が聞こえてきます。そして、お手伝いのお母さん方、ありがとうございます。7クラスが順にプールを使うために、なるべくスムーズな行動を心がけているのですが、基本に据えているのは「自分でできるようになる」という事です。つまり、他の全ては「自分でできるようなる、ために」行っているようなものです。年少組のクラスに行ったら、ホワイトボードに「着替えの置き方」が図示されていました。もちろん、これは骨組みを示しているだけです。しかし自分で「見て、考えて」できるヒントがあることで、「自分で…」に近づけようというものです。 そして、年長組の部屋では…みんなきちんと服をたたんで、机の上に整理されていました。「自分で」の結果に辿り着いたということです(パンツが一番上になっているので、写真は割愛)。ああ、こういう所に成長が見えるんだ。そう思うと嬉しくなりますね。