明照幼稚園

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新学期、始まりました

1月 9th, 2018 | Posted by Sato in 日々の姿 - (新学期、始まりました はコメントを受け付けていません。)
 今日から新学期が始まりました。銀杏の葉っぱもすっかりなくなり、清々しい空…はちょっと見えませんでしたが、子ども達の元気な声が響く、いつもの幼稚園が戻ってきました。
 冬休みというと、普段とは異なる経験をしてきた話が多いのですが、園長は「お料理」頑張ってきましたよ。
 近隣のスーパーは大概行きましたので、それぞれの傾向というか雰囲気もよく分かりました。品揃えとかお値段とか(マグロって高いのですね…)、レジのやり方とか色々異なるのですね。
 そこで気付いたのが、「冬が旬の魚は多くない」ということで、鮭は通年あるとしても、鰤と鱈が殆どであり、お陰様で鰤の扱い(要するに下処理)は随分できるようになりました。本当は「捌けますよ」まで行かれたらカッコイイのですが…。
 というのはともかく、子ども達は随分いろんな場所へ行き、いろんな体験をしてきたようです。お正月ならではの食べ物や遊びも。いつも思う事なのですが、「昔からある定番の遊び」は、廃れることなく続いてきただけの面白さを持っていますね。今年は行かれなかったのですが、凧揚げは今でも熱くなります(葛西臨海公園がおすすめです)。
 さて、子ども達にはそれぞれ「冬休みの思い出」を語ってもらいました。「3学期には、お遊戯会があります。この舞台にあがって、たくさんのお客さんが見に来て下さいますよ」とお話した、その舞台(前)です。結構な緊張感だろうな…と想像していたのですが、みなハキハキと答えてくれました。
「特急しおさいに乗りました」「新幹線、好きだものね」「新幹線だけじゃないよ、みんな好きなの」と、司会の先生との会話も楽しんでいました。
 全員の話を聞くことはできないのですが、「これが思い出だよ!これが面白かったよ!」を勢いよく話せるというのは、幸せなことだと思います。周りから見てどうこう、比べてどうこうではない、「とにかく私にとっては!」を得られた冬休み。子どもと一緒の旅行は気を遣うこともありますが、楽しく過ごしていただいたようで、園としてもありがたい思いです。短い学期ではありますが、どうぞ宜しくお願い致します。

伝染する

12月 20th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (伝染する はコメントを受け付けていません。)
 今日は2学期の終業式を行いました(写真は、その後の園庭遊びです)。2学期の振り返りをして、お正月にふれ、「お休みの間の生活」についてお話したのち、各学年から一曲ずつ歌を唄って貰いました。
 年少組は「きのこ」。これ、上級生たちも知っている歌ですので、何人もが一緒に踊っていました。
 年中組は「人間っていいな」。これも歌える子が多いですね。そして、曲に乗って何人かの年少さんが手拍子していました。
 年長組は「あしたははれる」。NHKでよくかかっていた曲です。調子がよいこと、とても迫力があったことで、かなりの手拍子が起きていました。
 その姿を見て、私は思いました。「年長さんが最初の歌で気持ちを寄せたことで、それが巡って戻ってきたのかな?」と。
 2学期はクラス単位で行う事が多いのですが、いろんな経験を通じて、園自体も一体感が高まっているような気がします。引っ張っているのはやはり年長組。存在感が大きいな、と感心します。
 式が終わってから、寸暇を惜しむような園庭遊び(と言っても結構時間をとることができ…るようになりました)も、定着してきました。園長とても喜んでおります。
 そうそう、今日のタイトルは「伝染する」ですが、伝染病などの流行、今学期は全くと言ってよいほど、ありませんでした。ひとえにご家庭のご協力の賜物と感謝しております。子ども達やご家族の、日々の健康管理。どうもありがとうございました。

バザー収益金イベント

12月 20th, 2017 | Posted by Sato in 行事 - (バザー収益金イベント はコメントを受け付けていません。)
 短縮保育となった今週月曜日。はるばる岐阜から、「風船太郎」さんが来て下さいました。例年行って頂いている、バザー収益金によるイベントです。
 子ども達はもう随分前から、今日を楽しみにしていたようです。その集中度合いは高く、ホールに集まって私がマイクを持つと、それだけでシーンとなり、話を聞く体勢ができていた程です。「集いとかイベント事に慣れてきた」、そんな姿でした。
 紹介の絵本を読み終えると、いよいよ太郎さんの登場です。最初はアセスメントというか、子どもとの距離を徐々に詰めて場を温めていく感じです。所々、「これは大人を笑わすポイント」というのも入っていて、幼稚園や保育園などの施設での公演として、とても練り上げられていると感じました。
 今回は2公演に分かれていたので、先生や子ども達もたくさん舞台でお手伝いさせてもらいました。普段の生活の様子とはちょっと異なる一面が見られたりして…。舞台でのお手伝いは、太郎さんとの受け答えもあり・風船が割れたりするので年長さんが務めました。普段幼稚園で知っているお兄さん・お姉さんが上がっていたので、小さい子ども達も身を乗り出して見入っていました。
 そして、フィナーレに向かっては小さい風船が沢山出てきて、一人一人が風船を扱う時間も取れました。割れてビックリ、の場面もあったけれど、みんな大喜びで終わりました。
 各所で行われるショーに足を運ぶのも楽しいと思いますが、こうした「明照幼稚園向けにプランされた」ものというのは、より子ども達が楽しめる要素が沢山あるのだろうと思います。今回の体験をさせて下さった、PTAの皆様に、改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。

動画はプライベート設定です。視聴方法はメールをご確認下さい。


何だかすごかった

12月 12th, 2017 | Posted by Sato in 行事 - (何だかすごかった はコメントを受け付けていません。)
 子ども達、お餅つきから明けて印象絵を中心とした表現活動を行いました。
 写真は年少組さんなのですが、クレパスを動かす姿からも「ああ、楽しかったんだな」というのが伝わってきます。いろんな活動があったのですが、子ども達なりに「印象強かった」ことが描かれるのがこの絵です。「お相撲さん」が一番多かったような気がします。
 そう言えば、当日お部屋に遊びに来てくれたとき、子ども達の背の高さですと、ちょうど目の前がお相撲さんのお尻の辺りにあたるのですね。キャーキャー言いながらお尻をペチペチしている姿が可愛らしかったです。事前には「お尻なんて、触りたくない」と言っていた子もいたようですが、実物が目の前にあると、すーっと惹かれていくようです。テレビで見たことのある子、どの位いるのか分かりませんが、実物に触れるに如くはなし。強烈な印象を残したようです。
 一方、年長組では「記念写真のところ」を描いた子がいたそうです。先生が「どうしてこの場面を選んだの?」と尋ねたところ、「自分で搗いたから」と答えたそうです。「おもちつき」と銘打っても、子どもが実際にお餅をつく機会は、確かにこの時だけです。衛生の観点とか全体の流れとか、いろんな要請があるけれど、先生もこの言葉にハッとしたようです。せめて…近年はいろんな町会主催でも行われているので、そこに繋がるといいなぁ、と思いました。
 改めまして、準備から当日まで、多くの保護者の方に関わっていただいて行えた行事でした。お父さん方の力強さや、お母さん方が一生懸命調理している姿も、みんな見てくれたと思います。いずれにしても「楽だった」とは言い切れない一日ではあったと思いますが、「充実していた」のは明らかに言えた一日だったと思います。保護者の皆様・町会の方々、どうもありがとうございました。

自分で判断 して横断

12月 6th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (自分で判断 して横断 はコメントを受け付けていません。)
 今日は富坂警察署のご協力をいただき、生活&交通安全の集会を行いました。内容は毎年少しずつブラッシュアップされていくのですが、私が感心するのは「警察官(OB)さんたちの、子ども扱いが上達している!」ということです…偉そうにすみません。
 考えてみれば、そもそも彼らの職場は幼稚園と全く異なる雰囲気である筈です。危険を伴うこともあるでしょう。人を疑う所から始めなければいけないことも、あるかも知れません。
 普段の生活や仕事上とは、言葉の範囲もだいぶ異なります。「路側帯」に「ろそくたい」とフリガナを振ったから、子ども達も分かるだろう…とは言えません。どんな言葉であればイメージしやすいのか、子どもが受け止めやすいのか、耳を傾けてくるのか。そんな「子どもに伝えるための努力」を積み重ねて来られたのだろう、と思います。
 今回は生活防衛の中で、「知らない人に声を掛けられたら」の実習さえ行いました。写真の彼は、なかなか勇敢に「助けて!」を叫んでいました。見慣れない小父さんに上から声を掛けられるのは、結構圧迫感がある筈です。緊張もしたでしょうが、大声を出すことができました。
 その後、年長さんのみ、千川通りまで横断歩道の歩行訓練に出ました。1回の人数は6人くらい。確実に「右・左・右」と見て、手を挙げて慎重に渡っていました。
 戻ってから先生方と…「あの子たちも、もう小学生が近いんだね…」ということをしみじみ思いました。ご家庭ではもちろん、受験だの入学前診断だの、ランドセルだ机だといった準備が進んでいるのだろうと思います。しかし、こういった「自分で判断して横断する」ということも、入学準備の一つだと思います。今は自転車で通園している子も、すぐ歩いて登校するようになる。そんな準備が始まっているのだと思いました。

自分の言葉で

12月 4th, 2017 | Posted by Sato in 行事 - (自分の言葉で はコメントを受け付けていません。)
 今日は成道会の集い。お釈迦様関係のものは、どうにも「お話中心」になりがちです。いろんな資料を見ても、「悪魔と戦いました」「お覚りを開きました」ということで、抽象的になるんですね。ビデオを見ていて子ども達は大受けでしたが、「飛んできた矢が地面に落ちて、花になってしまう」という所。悪魔が何度攻撃しても無駄…という文脈でした(詳しくは昨年度の記事もご覧下さい)。
 さて私が感激したのは、今日の司会の先生です。私からも「お釈迦様は、”人たちが幸せになるためには…?”と、ずっと考えたのです」とお話したのですが、それを受けて「先生も、幸せって何だろうなって考えてみたの。そうしたらね…」と、自分の価値観を語ってくれたのです。
 どこかで調べてきた事柄ではありません。自分の価値観を、自分の言葉で語った。「私にとっての幸せって、こういう事なのよ」と。これは素晴らしい事だと思います。
 「ありがとう、ごめんなさい。そんな言葉が自然とたくさん聞こえる時って、幸せじゃないかなって思います」というようなことを話してくれました。
 「幸せとは何か」は、「大人とは何か」に似て、「私としてはこう思う」を言い切った者勝ち、客観的ではなく主観で捉えていればよいものだと思います。そして彼女は、それができている。子ども達に伝わりそうな言葉を選んで、懸命に伝えている。「幼稚園のお便り作成ヒント」のような本でも、「私は〜、というメッセージを入れましょう」とあるのですが、当たり障りない表現に止めることなく、自分なりを表現した。自分の人生で学んできたことを伝えた。きっとクラスの子ども達も、自分のことをのびのびと表現できるように育っていると思います。ありがたし。

雨が降る前に

11月 30th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (雨が降る前に はコメントを受け付けていません。)
 今日はお昼から雨の予報…すでに降り出していますけれど、幼稚園では朝から銀杏の葉が散り始めました。ええ、「風もないのにハラハラと」です。
 まだ、本格的に「葉っぱで遊ぶ」には早すぎます。けれど、ちょっと先行してみようかと考え、ある程度集めてみました。さっそく通りかかった先生から、「あとで遊ぶので…」とお声がけ。「ハイハイ、集めるだけね〜」と、熊手でガラガラやっていました。葉っぱが集まって砂地がきれいに見えるのは、結構好きなんです。

 さて、しばらくすると外から賑やかな声が聞こえてきました。さっきの先生と子ども達が出てきたようです。掃いた葉っぱなので、かなり砂が混じっています。「ちゃんと砂を落としてから投げて〜」と、先生の声が響きます。こういう自然相手の遊びは、普段大人しそうな子が大声を上げていたりして、意外な一面が見られたりします。やはり開放的になるのでしょう。
 そう言えば、子どもにとって自然物とは、「自由に手に入る遊び道具」です。昔から、石ころだの葉っぱだの木の実だの、「お金と引き替えでない」ものを集め、弄り、遊んできたのでしょう。そう思うと「子どもが砂いじりする」のは健全な証拠なのかも…とか思ったりします。
 ともあれ、間もなく「葉っぱで遊べる」貴重な数日間がやって来ます。寒いとは思いますが、あの黄色と空色のコントラストは、この時期にしか見られません。保護者の皆様も、朝の送りがてら、見上げてみてはいかがでしょうか。

移りゆく

11月 29th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (移りゆく はコメントを受け付けていません。)
 今日は年長組が、卒園アルバムの撮影をしていました。学年全員集合!というものです。子ども達は台の上に立って、私も並んで撮ったのですが、間近で見ると改めて「ああ、大きくなったなぁ」と感じます。
 年少組とかたんぽぽ組での姿から、ほんの2年・3年です。随分いろんなことを考え、自信を持って行動できるようになりました。いつの間に身に付けたのでしょうね…。積み重ねですね。
 写真はその場の銀杏ですが、一週間前のものと比べて、随分色づいてきました。空の色が異なるので、より印象的になっているとは思いますけれど。昔のテレビで「人間の目は、色が連続的に変わっていくのに気付きにくい」とかいうのをやっていましたが、葉っぱについてもきっと同じなのだろうと思います。そして、子どもの育ちについても…。だから、「タイムラプス」とか「スローモーション」とかの、「時間の流れが普通と異なる」映像は、特別な感じがするのかも知れませんね。
 ともあれ、年長組にとっては「卒園」がまた一歩近くなった訳です。「これが最後だね」と話すと、それを理解している様子も見られる(担任談)とのこと。エブリシング・ゴーズ・バイです。
「諸行無常」について、保護者のみなさんはどういうイメージを持たれているか分かりませんが、坊さんとしての考えも、いつか書いてみたいところです。

撮影後。

ふたつの石臼

11月 28th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (ふたつの石臼 はコメントを受け付けていません。)
 今日は月曜日で、見学の方もあったのですが「お御堂参り」を行いました。題材は「海の水はなぜ辛い」という、石臼の話。一年に二度はやりませんが、やらない年もありません。
 時期は「甘い果物とかが実ってきたけれど、今日は辛い話をします」という、やや唐突なもの。塩が主役になる事、多くはないんですね。果物やお菓子はみんなに喜ばれるのに、塩は「名脇役」というのが精々な気がします。そういえば「ソルト」と「サラリー」は同じ語源だと聞いた記憶があります。「それ単体ではなく、脇役として力を発揮するもの」という感じ。塩もお金も、それ自体が主役にはなれませんね。
 それはさておき、心優しい弟は老人を泊めてやって石臼を貰い、豊かな食生活を送ります。それを妬んだ兄が盗み出し、船の上で「ああ疲れた、お握りでも食べよう」と取り出したお握りへ「塩をつけなきゃ」と出した塩が止まらなくなった…というお話です(覚えておいででしょうか?)。「右に回せば物が出る。左に回せば止まります」なのですが、「ストップの仕方」を知らなかったのですね。
 終わってから子ども(主に年長さん)に尋ねました。「さて、お兄さんは何が悪かったんだろうね?①うそつき、②いじわる、③よくばり。」子ども達はそれぞれの思いを口々に言っていましたが、「よくばり」が一番人気(?)だったようです。
 子ども達には、「幼稚園には2つの石臼があります。小さいのと大きいの。分かるかな?」年長さんはすぐに応えます。「うん、では分からない子は年長さんに聞いてみてね」ということで、ノーヒントで解散となりました。
 小さい臼はすぐ見つかり、大きい臼は…担任の先生方からヒントを貰って見つけた子が多かったようです。
 昨年も話に出したのですがね。…

 かえりみて、「どんどん望みが叶う」、そして「(望むこと・得ることの)止め方を知らない」のは現代人も同じじゃないか、と思ったりします。
 弟は臼を盗まれてしまったので、「望み叶い地獄」からは、ある意味抜け出せたのではないかと。困った人を助け、ちょっとの間いい目にあって、また戻って(地道に働く)。そのまま石臼が手元にあったら、きっと幸せになれない人生だったのではないか…坊さんとしては、そんなことを考えます。
不思議なことに、「ドイツの昔話」バージョンもあるそうです。けれど、何だかオドロオドロしい。話の筋は同じなのに、不思議ですね。

子どもは風の子

11月 21st, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (子どもは風の子 はコメントを受け付けていません。)
 何とまあ、古めかしいタイトルです。でも今日はぴったりだと思って、選んでみました。
 今日はいささか風があったのですが、かなりの子ども達が園庭で遊んでいました。遊び方を見ていると、学年それぞれ=合った遊び方をしているなぁ、自然とそうなるんだな、と感心しました。
 年少さんは、ジャングルジム&先生とおにごっと。年中さんは鉄棒。年長さんはドッチボールをしていました(ある瞬間の様子です)。そのちょっと前には、年長さんから「園長先生、ドロケイ知ってる?」と説明してくれました。なかなか当を得たものでした。それを傍らで聞いていたのか、年中さんも「園長先生、ドロケイ知ってる?」と、彼女なりの説明をしてくれました。「白い線で四角を書いて、そこの泥棒にタッチすると逃げられるの」と、彼女なりの「ドロケイのキモ」を話してくれたのは面白かったです。
 ともあれ、「子どもは風の子」というのは昔から言われている言葉ですが、なかなか真理を突いていると感じます。「子どもは寒さや風をあまり気にしないで、外で遊ぶものだ」という説明と、「〜外で遊ぶべきだ」という教育論の両面があるのですね。
 実際のところ、寒くなってきたことで、だいぶ重ね着をして登園してくる子も増えてきました。ここで注意していただきたいのは、厚着とは、「体をあまり活発に動かさない」という前提に対応した防寒ということです。それに対して,子どもは「体を動かすことで暖を取る」行動パターンなのです。体をよく動かし、温かい血液をたくさん循環させることで体温を上げる。そのメカニズムによって、「寒くても走り回る」のが「子どもは風の子」という言葉になって伝えられているのですね。
 私達大人は、自身が寒いと感じると、ついつい「同じように」子どもを温めようと思って厚着させてしまいますが、この違いを忘れないようにしないといけませんね。そして、子どもがムズムズと動きたがっている時は、「寒さへの対応かも?」と、ちょっと考えてみて下さい。