明照幼稚園

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これがお米なんだね

11月 9th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (これがお米なんだね はコメントを受け付けていません。)
 園内はお買い物ごっこ一色なのですが、遠く山形県は最上町という所から、稲が届きました。いつも幼稚園のお餅つきに、餅米を用意して頂いている所からです。「稲穂についたのを見せたいので、送ってくださいませんか?」厚かましくも園長がお願いしましたら、快く送って下さったのです。
 田んぼの土がついたまま、バケツに入れて玄関前に置きました。「もしや、一番に見つけるのは雀さん?」とかちょっと不安でした。何年か前、雀の大襲来があって全滅してしまったことがあったのです。
 今日は、子ども達が早速見つけてワイワイやっていました。触ってみる子、匂いをかぐ子、眺めてみる子…それぞれ思い思いに接していましたが、みんなとっても嬉しそうでした。園長はぼんやりと、「本物に触れるって、これなんだろうなぁ」と、ほっこりしました。
 自然の物を、そのまま生活で使うのは、なかなか大変なことです。いろんな手間を経て、私達の身の回りにやって来ます。「最終ユーザー」が「なるべく手間を取られない」のが「便利」ということなのでしょうけれど、その陰で「本物に触れる」機会が減っているのは、寂しいことです。

カテイが見えますか

11月 7th, 2017 | Posted by Sato in 保育論 | 日々の姿 - (カテイが見えますか はコメントを受け付けていません。)
 いま、幼稚園では来週の「お買い物ごっこ」に向けた活動が盛んです。その中で、保護者参観日がありました。子ども達、親御さんがお越しになると多少なりともバイアスがかかるものです。家で会うときはそんなことないでしょうに、場所が違うと距離感も変わるのですね。面白いものです。
 さて、写真は年長組での姿。今年は徹底的に「コミュニケーションとして・プロセスとして」見ていこうと考えていますので、子ども達のごく近くで、相談している様子や分担して作ってゆく様子などがよく見えたのではないかと思います。
 「それぞれの意見を最大限活かす」…言うは易く行うは難しの代表ですが…を、「トコトン行ってみましょう」で、「一クラスで何個もの店舗ができる」というケースもあるようです。しかし、そうして「一人一人が看板を背負う」というのも、今年の形だからできること。「自分達の力でやり遂げる」がテーマなのですから。
 ですから、「成果物」として「店頭に並んだもの」だけを見てしまうと、或いは「??」になるかも知れません。特に昨年までの「おかいものごっこ」をご存じの方は。ゴメンナサイ。
 けれど、まさに「参観でしか見られない、子ども達のリアルなやり取り・責任感・協調性」は、捉えて頂けたのではないかと思います。
 「大人は、過程を褒めることができる」と言います。逆上がりなどは典型的ですね。おおよそ、「出来上がった物」を褒めるより、「作る過程」を褒めた方が、ネタが多くなりそうで、面白そうじゃありませんか?

関心を寄せる

11月 7th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (関心を寄せる はコメントを受け付けていません。)
>今日は、某大学から学生さんが「白エプロン」の調査に来られました。  白エプロンはかなり歴史の古いもののようで、彼女も教科書で知って興味を覚えたようです。園長も、その歴史を聞かれたのですが詳らかでなく、ちょうど先先代園長のお墓詣りにみえた、当時の先生方(おん歳80台)にもお伺いしてみました。「当時から白エプロンだったけれど、いつからかは分からない」とのこと。約100年前に幼稚園が始まった頃、それなりにハイソだった事と関係がありそうなのですが、真相は分かりません。  材質とかメーカーとかお話しして、子どもにも直接インタビューしていました。「エプロンの、どんな所が好きですか?」「全部!」という感じで、調査に役立ったかは分かりませんが…。  ともあれ、園長も知らない謎。もし解き明かしてくれたら、協力した甲斐も大きいと思います。自分なりに見つけた問題意識、追究していって欲しいですね。

会議ばやり

10月 31st, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (会議ばやり はコメントを受け付けていません。)
 今日、先生方の記録を読んでいたら、奇しくも全学年で会議を行っていることが分かりました。もちろん生活経験の量が大分ちがいますから、先生方はそれぞれに合わせて助言や介入をしていたようです。実際に園長が見たものではないのですが、記録を読んでいるだけでワクワクしてきました。
 「今日は未知の恐竜作りをした。最初は積んでいるだけだったのが、恐竜の形になってくると子どもたちも喜んでいた。とりあえず組み立ては終わったが、この後どうするか、子どもたちと話し合っていきたい」。年少さんです。「未知の」なのだからどうにでも構わないのですが、年少さんが「力を合わせて何かをする」のは結構至難の業。先生のリードが楽しみです。
 「輪投げの輪を作るグループをどうやって子どもたちが分かれていくか、見てみました。最初は仲良し同志で話し合いをしていたのですが、少し助言すると全員できちんと話し合いをして決められました。少し時間はかかったけれど、子どもたちだけで解決できました」。年中さん。遊びのチーム分けとか鬼決めのプロセスも、子どもたちが身につけて然るべき力ですね。
 「図書コーナーの使い方について、クラス全体で会議をしました。何はいけないのか、問題なのかを明確にして、共通理解を深めてもらおうと企画しました」。先生は会議を企画するけれど、その中身は子どもたちが出し合う。大人の目線ではなく、共に使う子どもどうして「あれは迷惑になる」「これは危ない」などの話が出たのでしょうね。問題を共有することで、客観的な判断基準ができますから、お互い注意したり、ということもやりやすくなると思います。先生も具体的な問題提起をしたかったでしょうけれど、「子どもから出た声」を集約していくところに価値があったのだろうと思います。
 あー楽しそう。とても豊かな経験をしているなー。そう思います。

三枚のお札考

10月 30th, 2017 | Posted by Sato in 保育論 | 行事 - (三枚のお札考 はコメントを受け付けていません。)
 今日はお御堂参りで「銀杏が風で随分おちましたね」というお話をしました。先日、年少組の子が「拾いたい〜」との事で、慌ててトングを用意して集めて貰いました。
 朝、お母さんとの雑談の中で、「私が小学生の頃は、学校で拾って洗い、お手伝いをした子は食べられたんですよ」というお話を伺いました。実は今でも、お寺の裏では水に漬けた銀杏が沢山あります。銀杏については子ども達もよく知っていて、「剥くと殻があるんだよ」「中身は緑色なんだよ」と、知識を披露してくれました。
 さて今日は「三枚のお札」。「山姥が出てくるから、怖いと思ったら、お隣の子の手を握ってね。そうすれば多分大丈夫だから」と前振りをしておきましたが…大丈夫でしたね(笑)。
 お話としては皆さんよくご存じのものですが、私が気になったのは「結局、拾いに行った栗はどうしたの?」ということです。なので、そこはオリジナルで「一生懸命逃げてきたので、栗は落としてしまった。後日和尚さんと一緒に拾いに行きました」という結論にしました。
 元々のお話では触れられていないので、「そんなことは本筋と関係なく、どうでも良い」のでしょうけれど、空想遊びとして。命の一大事だというのに、「栗を惜しんだばかりに、山姥の家に戻った」り、「落としてしまった栗を拾っている間に捕まった」はあり得ないでしょうけれど、万が一「目先の事に目がくらんでしまって、優先順位を間違える」ことはイカン!と思ったのです。つまり避難訓練における「戻らない」ですな。
 昔話は、できるだけオリジナルで語るのが良いのだろう…とは思うのですが、時々現代の感覚で自由なツッコミを入れると面白い、ということです。きっと「読書へのアニマシオン」とか「宮川俊彦(とっちゃまん)先生」とか勉強していたのが、私のベースにあるのでしょう。
 今はまた、秋の花が大きなお池を彩っています。黄色いのはツワブキ、そして写真の可憐な花は「ホトトギス」と言います。なんでも「他の植物との競争に弱いため、鉢植えに向いている」そうですが、ウチでは他の植物に混ざって咲いています(植木屋さんの腕によるのかな?)。子ども達がとても関心を示したそうで、慌てて調べてみました。良かったらどうぞ、放課後にでもお越し下さい(戸は閉めて下さいね)。

焼き芋諸々御礼

10月 28th, 2017 | Posted by Sato in 行事 - (焼き芋諸々御礼 はコメントを受け付けていません。)
 去る26日、幼稚園で「焼き芋パーティー」を行いました。お陰様で青空の下、沢山の笑顔を見ることができました。
 いまの「石焼き方式」にしてから10年ほどだと思いますが、今回は前日の雨のゆえか、初期にたくさんの煙と臭いが出てしまいました。近隣の方々にはご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありません。
 けれど、子ども達にとって「火の近くはとても熱い」、それを皮膚で感じ、管理されているとは言えガスとは違う「ほのお」も目にし、また熱い中懸命に焼いてくれるおじさん達、そして「時間がかかる」ということ…そういったプロセスを沢山経験することができたと思います。
 現代日本ではフードロス(食べられるように用意したが、結局廃棄されるもの)が非常に多いと言われますが、こうして「沢山の手間と時間がかかって、食べ物が届けられている」事を知るのは、大切なことだと思います。今日のような体験や、「食事のお手伝いをしましょう」というのは、ある意味「自分で稼ぎ、自分の力で食っていく」の下地になると考えています。
 消防署の方や区役所の方ともお話し、指導いただきながら、またご近所の方にもなるべくご迷惑を減らしながら、これからも安全に気をつけて開催していきたいと思います。

お芋運搬車

10月 25th, 2017 | Posted by Sato in 行事 - (お芋運搬車 はコメントを受け付けていません。)

袋の具合の参考にも。

 子どもの様子ではないのですが…。
 今年は「お芋掘り」に行かれませんでした。そして明日は「焼き芋パーティー」。お芋を用意しなければなりません。ということで、園長行って参りました。自家用車で。
 幸い、一回で全部を運ぶことができました。一人分が約3〜4kgとすれば、全体で500kg位でしょうか…。よく載りました。
 雨続きでしたので、農園の方もかなり苦労されているようです。「いくつも予定が変わってしまって、もう11月まで結構ずれ込んでいます」とのこと。笑顔で話して下さいましたが、晴れ間を縫って掘り出し、人数分に分けて下さったのですから、相当大変だったと思います。有り難いことです。下見に伺うと、いつでも綺麗に掃除されており、「芋掘りを楽しんで下さいね」という歓迎の気持ちとやさしさを感じます。
 来年は行けるといいなぁ…。いろんな意味で。

実りを楽しむ

10月 24th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (実りを楽しむ はコメントを受け付けていません。)
 今日は年少さんで「果物観察」・年長さんで「サンドイッチ作り」がありました。いずれも「食べ物に(いつも以上に)関わる」ということで、みな興味津々でした。
 そうです、恐らく「食に興味がないようです…」という状態ではなかった。接し方によって、提示の仕方によって、食べ物への興味というのは本能的に持っているのだろうな…と思います。「氷河期で食べられなかった記憶がDNAに残っているらしい」とも言われます。
 年少さんは、果物の匂いを一所懸命かいだり、割って中身をしげしげと見たり、もちろん触ったり味わったりと、なるべく色んなチャンネル・感覚で果物に接していました。ブドウについて、「皮のままでは匂いがしない!食べるとにおう!」とか、「おいしいね」以上の表現があったのは興味深かったです。食材はいつもと同じでも、見せ方次第で、経験の質は変わるということでしょうか。
 年長さんは、各自でサンドイッチ作り。道具も多いですし食材も多い。おのおの自分の食べる分は責任を持って作ります。チーズがくっついたりパンの巻き方に苦労したり…お弁当箱に詰めて満足気な表情。「やりとげた」感があるのでしょうね。
 岩村暢子さんという方がいらっしゃって、10年ほど前でしょうか、「食卓の崩壊は家族の崩壊」と警鐘を鳴らしていました。誰か一人の問題ではなく、社会全体の動きと、それに影響を受ける家族。食卓に、その姿が現れているという主張でした(かなり衝撃的です。人によっては責められていると感じるかも知れません)。
 けれど、それに関しては「食育」の考え方で結構カバーされるのではないかと思います。実際、しっかり読むと中々良いことを言っているのです。園として充分に食育ができているとは思いませんが、岩村さんの問題提起に関しては、園長としても時に触れ考えています。

・・・よかった、

10月 23rd, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (・・・よかった、 はコメントを受け付けていません。)
 休園にしないで。
土曜日頃から本格的に悩んでいましたが、昨晩は職員と相談して「登園時間を遅らせてやりましょう」と決定。最近は予報精度の向上とあいまって、連絡網が早く回ることが多いですけれど、今回は結構ギリギリまで待ってのご連絡となりました。
 結果としては、まずまずベストに近い判断ができたかと思っています。職員もほぼ全員間に合うことができ、子ども達を迎える前に玄関の掃除もできました。
 そして…子ども達は「台風一過ならでは」の状況も、たくさん味わっています。銀杏の葉が緑のままで、これほど落ちてくることは他にありません。園庭は水が引いているのに砂場はプールのよう(水はけ、という言葉を教えたいです)。金木犀の花も、銀杏の実も、そしてなぜか柿の種もたくさん落ちている。そしてこの急速な天候回復ぶり。いまどきは「家に居るより幼稚園の方が自然に近い」でしょうから、それだけ自然の動的な(ダイナミックな)営みを感じられたのではないかと思います。
 そして、(我が家も)溜まったお洗濯もはかどる…。
 「幼稚園で示す人生観とは」とか、最近はちょっと難しいことを考えてもおりますが、それは畢竟「自然の捉え方」「他者の捉え方」…各々の持つ理解のストーリーなのだろうな、と思います。より良い(本人の役に立つ)価値観を育てるには、やはり物事の多面性を見せるに如くはなし。家に籠もってボタンを押しているよりも、ずっとエキサイティングな一日を送れると思います。

行きたい・行ってみたい

10月 19th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (行きたい・行ってみたい はコメントを受け付けていません。)
 今日は、年長さんが某大学の学園祭に出展する絵を描いていました。テーマは「行ってみたいところ」…オヤオヤ園長うろ覚えです。「行きたいところ」だったか?この時間になって不安になってきました。
 というのは、描いていた絵を思い出すと「現実に行かれる(行ったことのある)場所」を描いている子もいれば、「空想っぽい(行ったことのない)場所」を描いている子もいたからです。「行ってみたい」には、「もしも実現可能ならば」というニュアンスがあるように感じます…。
 ある子は画面一杯に「宇宙の絵」を。ある子は「雲の上のおしろ」を。「雲の上のお城」というと、テレビで見た「竹田城」とかすぐ思い出してしまうのですが、子ども達は思い思いに道具を使って表現していました。
 幼稚園では、何か「を思い出して」絵を描く機会が多いです。「夏休みの絵」と言えば、「これをしたい!」という事前の希望としてではなく、「これをしました」という結果の報告。それを思うと、「したい!」という括りで描く絵は、何だか新鮮でした。みんな期待を持って語ってくれますし。
 ということで、11月5日に、東洋大学の「白山祭(はくさんさい)」で子ども達の絵が飾られます。キッズコーナーでは遊べるようですので、足を向けてみては如何でしょうか。
 ほほう。調べてみたら「行ってみたい」には「(実現可能か、というよりも)今まで行ったことがない」というニュアンスがあるそうです。英語では「wanto to 〜」と「want to try 〜」みたいな言い分け。勉強になるなぁ。