明照幼稚園

Author Archives: Sato

兎と話せる

5月 14th, 2018 | Posted by Sato in 行事 - (兎と話せる はコメントを受け付けていません。)

結構前のめりで聞いてくれます。感謝。

 今日はお天気も回復し、気持ち良くお御堂参りができました。お陰様で、お話選択の幅も増えてきて、今日は新美南吉「こぞうのおきょう」をお話しました。
 お経というのは、通常大人でも子どもでも理解不能なところが多いでしょうけれど、子ども達、結構ここで笑ってくれます。「南無〜無量〜帰命〜礼〜」と、それなりにお経に出てきそうな言葉が並んではいるのですが、話者(私)が「ここは笑っても良いんだが…」と思いながら演じていると、そこを察してくれるようで、誠にありがたいです。
 話の筋としては、兎に教えて貰ったお経を読んで事なきを得るのですが、圧巻は「貰ったおまんじゅうを、兎に分けてやるのを忘れませんでした」という終わり方です。
 今回、そこで一息入れて子ども達に尋ねました。「さあ、帰り道にもう一度、兎さんを見つけた。小僧さんはどうするかな?」…「半分あげた!」と答えた子がいました。何と有り難い事でしょうか。
 その子は、読み聞かせて貰っていたのかも知れません。その場で考えたのかも知れません。どちらか分からないけれど、とにかく「半分あげた」と答えた。きっと彼が小僧さんなら、そうしただろうな。普段の生活を思い出して、園長はそう思いました。
 さて、先日お御堂の障子を張り替えました。現代、室内外を隔てているのは壁やガラスですから、大変珍しいかと思います。「紙が貼ってあるんだよ。だから光が透けて明るいし、風を防ぐこともできる。だけど、指を突っ込んだら破けるからやめてね」とお話しました。
 ともあれ「兎と話せる」は比喩です。「自然のありのままを謙虚に学べる」ということを、言いたかったのです。

妨げないように

5月 8th, 2018 | Posted by Sato in 日々の姿 - (妨げないように はコメントを受け付けていません。)
 今日は畑に苗を植えました。「とにかく急いで」というジャガイモから約1か月。年少さんもみんなでやってきました。今年も、お寺の庭師の方にお手伝いいただき、学年に応じて「自分達で植える」を行いました。見ていて危なっかしい所もあります(収穫できなかったら残念ですし)けれど、「手で土を掘る・手で持って植え付ける」など、何とか「全員が関わる」ことができました。
 庭師さんは元々お百姓さんの出でいらして、多分「ああ…もう少し…なのに…」と感じることも多かったと想像するのですが、「子どもにさせる」という趣旨をご理解くださり、じっと見守って下さいました。
 それから水やりや土寄せについて教えて頂きました。私も何年か聞いてきたのですが、「つまり、野菜の育ちを妨げないようにする」と思いました。「水のやりすぎは根の呼吸を阻害する。周りを踏み固めると根の張りを阻害する」という訳です。
 特に「水のやりすぎが何故いけないのか」は子どもには分かりづらいと思いますが、とても納得いくことでした。今後水やりが始まると、放課後に水やりをしたがる子が多く出てくると思います。姿を見かけたら、声をかけてあげてくださいね。「みんなも、ご飯を食べ過ぎると苦しくなってしまうでしょう」と。

ここから始める

5月 7th, 2018 | Posted by Sato in 日々の姿 - (ここから始める はコメントを受け付けていません。)
 今日は連休明け。年少さんを中心に、改めて「離れがたい〜」シーンも見られました。でも、暫くすれば気持ちを切り替えて笑顔になるのも子ども。「今泣いたカラスがもう笑う」は、意識しないまでも「生きる知恵」のひとつのような気がします。
 さて、月曜日ということで「お御堂参り」も行いました。定番の「花咲か爺さん」です。犬が死んでしまったりという暴力シーンもあるのですが、子ども達が知っている話の方が、落ち着いて聞けるかな?と思って選びました。まぁ完全に勧善懲悪の話ですね。「人の物を横取りして、なお傷つけて返す」なんて、擁護の余地がありません。
 ところで、子ども達にも聞いておいたのですが、園長は分からないことがあります。「犬の名前は、ポチなのかシロなのか?」昔は「裏の畑でポチが鳴く〜」と歌っていたような記憶もあって…。ですから、もし子どもが尋ねてきたら、何らか答えてあげていただきたいと思います。
 そして、写真は年長さん。今日は朝顔のプランターを準備するということで、用土を運んでいました。「船頭多くして〜」を感じないこともないのですが、御神輿にも似て(?)、重い物を運ぶのは楽しいようですよ。「さすが!力持ちね」と、先生の声がけも当を得たものです。
 「朝顔の栽培」という活動は、どこから始まるのか。いろんな考え方や方法はあると思います。大切なのは「私たちとしては、ここから始めます。こういう意図があり、こういう姿を期待しているので」というストーリーではないかと思います。食育で「お店に材料を買いに行く」ということもあり得るのですから、色んな要素を入れて良いのだろうと思います。それこそが「総合的な活動」という訳です。

一人でできるよ

5月 1st, 2018 | Posted by Sato in 保育論 | 日々の姿 - (一人でできるよ はコメントを受け付けていません。)
 今日から、年少組さんもお弁当が始まりました。つまり、短縮期間を終えて「通常保育」ということになります。たんぽぽぐみ時代に「お弁当持参」のことはありましたが、これからは「準備から片付けまで、自分でできることは自分で」という志向になります。
 全クラスの様子を見に行ったのですが、食べる事に関心のある子が多いようで、意欲的に食べている子が多かったです。…実際、「充分お腹が減っているか?」が、かなり大きな要素です。「お弁当は、なるべく食べきる」というのが方針ですが、それをどう実現していくか?は私達にとっても試行錯誤です。
「トイレでの成功」にも似て、「できたね!」という小さな成功体験から始めることが大切なのだろうと思います。だから、「ほんのチョット」でも「時間が掛かった」でも「お喋りしながら」でも「食べたよ〜」「はい、よかったね」というやり取りにもっていく…。この時期の先生方(そしてご家庭)の忍耐力は、そりゃ凄いものだと頭が下がります。もちろん長い時間をかけて食習慣ができていくのですが、「嫌いだから食べない」は、ちょっと寂しいな…と思うのです。それが本当に嫌いであっても。食に対する態度は、自分の身体をどう労るか、にも関わります。自分の身体を大切にする一つの側面として、食育は取り組んで欲しいと思います。

僕がやったんだ

4月 27th, 2018 | Posted by Sato in 保育論 - (僕がやったんだ はコメントを受け付けていません。)
 年長組さんの展望室(第2図書室・空の部屋…いろんな呼び方があります)に、新しく机と椅子が入り…入ろうとしています。
 というのは、子ども達が現在進行形で椅子を組み立てているのです。流石にイチからという訳ではなく、ほぼ「最終組み立て」ではあるのですが。
 ドライバー1、ねじ1本でも、「僕がやったんだ!」という気持ちになるものです(園長体験済み)。お料理で言うならば、「あのジャガイモは、私が洗ったのよ!この牛乳パックは、僕が開けたんだ!」ぐらいの誇らしさがあります。
 私が子どもの頃は、「超合金」というロボットの玩具がありまして、それを全部分解して悦に入っておりました…プラモデルもだいぶ作りまして、「バリは取らなければならない」「物事には順番がある」「パーツを無くさない工夫が必要」「蓋はしっかり閉めないと面倒になる」「道具は元の場所に戻す」…等々、生活に必要な学びが随分ありました(今から振り返れば気づく事、なのですが)。
 ドライバーを使う上で大切なのは「ネジに合ったサイズを使うこと」「押しつけながら回すこと」だと思います。子ども達、今の時点ではどちらも及第点とは言えないでしょうけれど、

「僕がやったんだ!できるんだ!」という、自己肯定感(の半面)に繋がること、と思います。

 お父さんが電球を替えていたり、本棚を作っていたり、DIYをする機会があったら、ぜひ子ども達の見える所でやってみて下さい。特に男子は目を輝かせて見ることでしょう。それは、「お父さん、すごい!」という尊敬の眼差しでもあるはずです。

乾燥室が稼働中

4月 25th, 2018 | Posted by Sato in 日々の姿 - (乾燥室が稼働中 はコメントを受け付けていません。)
 今朝は大変な雨でしたね。雨の量も多かったけれど風まで強くて、登園するのがかなり難儀だったのではないでしょうか。
 ですので、普段の「おはようございます」には「雨の中をご苦労様」という気持ちをのせてみました。傘越しではあったけれど、幾分かでも気持ちが伝わるといいなーと思います。
 ああ、「気持ちと言葉=形と心」については、いつかまた触れたいと思います。
 今日面白かったのは、園内にズラリとレインコートを干してあったことです。カラフルで、スキー民宿の乾燥室のようです。あの雨の中、一生懸命に歩いてきたんだろうな。頑張ったんだろうな。そう思いました。
 それを受けてか、年少さんのあるクラスは、ホールで体を動かして遊んだようです。元気な歓声が響いていました。たくさん体を動かして、少しはスッキリしたかしら。

東京管区気象台HPより引用。

 そういえば…と思って「東京の晴天率」を調べてみました(東京管区気象台ホームページ)。約30年間の統計で「晴れは50%以下、雨は35%程度」とのことで、けっこう雨降る時期なのですね。二十四節季でも「穀雨」で、丁度植物が芽を出す頃です。畑のジャガイモ、どうかなぁ…。

子ども達の諸相

4月 23rd, 2018 | Posted by Sato in 日々の姿 - (子ども達の諸相 はコメントを受け付けていません。)
 月曜日はお御堂参り。まだまだ「短く・笑えて・ほめられる」を基準に選んで、「カエルとうし」にしました。何ともストレートで、「ああ、あの話ね」とポピュラーなのですが、これイソップなのです。
 ブログを辿っていたら、3年前の同じ時期にも同じ話をしていました。お釈迦様もそうですけれど、「たとえ話」って命が長いのですね。
 それだけに、小学校1年生の教科書にも載っているのだそうです。指導の手引きとして「カエルはバカだなぁ」とかで終わらせてはいけないよ…などと書かれていました(時代を反映してか、性別とか親子関係は消されています)。フーム…。次々に流れていくオタマジャクシを眺めていると、「君たちは、すぐ近くに穴が空いているというのに、気付かず真っ直ぐ進んでしまったりするんだねぇ…はぁ、お馬鹿さんというか、何というか…直前まで分からないんだよねぇ」とか、生き物としての哀れ(あはれ)を感じたりします。

 あ、排水溝にネットを設置しましたので、万一あふれている様子があったら、教えて下さいね。

 子ども達は、各々だいぶ新しい環境に慣れてきたようです。年少さんも、座って話を聞けるタイミングができてきました。お帰りの時、順番を待つこともできます。年中さんの、真剣にハサミを使う姿は、自分の居場所あってのことでしょう。そして、年長さんは自分達で作った鯉幟を揚げるお手伝いもしていました。みんなで見上げて、空をおよぐ姿を楽しみに見ています。
 実際、4月は「幼稚園に慣れる」というのが一大テーマです。そうして自分なりに安心することで、好奇心がムクムクと働き出すのでしょう。
 これからも、いろんな働きかけや絡みがありつつ、活気ある暮らしが展開されていくことと思います。

池でいろいろ考えた

4月 21st, 2018 | Posted by Sato in 保育論 - (池でいろいろ考えた はコメントを受け付けていません。)
 今日、幼稚園はおやすみですけれど、園長は朝から働きましたよ。
 イヤイヤ大したことではないのですが、オタマジャクシ第二団を放流しました。前回は浅草のお寺さんから、今回は上野のお寺さんから。やはり緑と土のある所には、蛙が住んでいるのですね。
 さて、魚を飼ったことのある方はご存じと思いますが、その導入手順は結構大変です。お店から買ってくる場合は余り神経質にならなくて良いのですが、「余所の池=よその環境」から来る場合は、手間がかかるのです。

1)温度合わせ。輸送によって必ず水温は変わっていますから。
2)水合わせ。 徐々に新しい環境の水を足していきます。時間をかけて。
3)さらに水を入れ、古い水をどんどん捨てていきます。
4)先方から来たであろう植物などを除去。
5)生き物だけをすくって、新しい環境へ投入。

つまり、「異なる生態系から移動してくる」、その無理を何とか軟着陸させようという段取りなのです。
 幼稚園の池の水を飼育水として家に持って帰ると、恐らく藻が繁殖すると思います。凄い生命力ですから。それと同じように、「先方の環境にいた植物」はできる限り入れないのが原則。こちらにとっては外来植物な訳で、池の勢力図が変わってしまう可能性があるのです(するとリセットが大変…)。本当は「一度、新しい環境の水で生体を洗う」ぐらいやっても良いのかも知れません。  それでも、生き物の状態と環境変化の度合いによっては、「全滅です」という可能性もあります。まぁ今回は若い子たちなので、何とか順応してくれることを期待していますが…まだ分かりません。

 おっと、随分書き進んでしまいました。ぼんやり考えたことは後回しにします。
 「子どもをとりまく道具として、自然の物と人工の物、今は圧倒的に人工物が多いんだろうな」と思いました。合理的で刺激的で楽しいけれど、人によってデザインされた物。目的を持って(買ってもらう)生まれたもの。それと、自然の物には何か質の違いがあるように思えてなりません。
 「自然のものに触れることが、なぜ大切なの?(どんな意味があるの?)という問い」になるとは思いますが、ワタクシ今の所、それを簡潔に表現できておりません。けれどこれ、たぶん人類史上珍しいことなんだろうと思います。
いや−、「池は人を哲学者にする」といったところでしょうか。
                                         

デザイン考

4月 19th, 2018 | Posted by Sato in 保育論 | - (デザイン考 はコメントを受け付けていません。)

年長さん「打ち合わせ」風景

 園長、にわかにデザインというものについて考えております。つまり、「デザインとは何か?デザインするとはどういう行為なのか?」ということです。
 パッと思いつくのは図画とか美術の授業なのですが、「デザインする」というのはもっと多彩なことがらを対象にできると思います。そんなことを考える入口として、『大量生産品のデザイン論』という本を手に取りました。
 読み始め、すぐに得心したのは、「デザイナーズマンションとか言って、さも"デザインしていること”を付加価値のように謳うのはいかがなものか。どんなプロダクトでも、デザインはされている」というくだりです。久しぶりの「ニヤリ」な感じでした。
 著者の佐藤さんは、「おいしい牛乳」のパッケージなどを手がけた方で、NHKの「日本語であそぼ」のビジュアルや「デザインあ」を仕掛けた方でもあります。(私の車にも「あ」のシールが貼ってありますが、少し歪な形です)。
 本ではデザインが決まって製品が消費者に渡っていくプロセスが描かれているのですが、面白いのは

価値は既に製品が持っている。それを可視化していくのがデザインすることである

 といった趣旨で「デザインすること」を定義していることです。つまり、

何が表現したいのか、という内容よりも、どう表現するかという方法の問題

のようです。大雑把にやり方、と呼んでいいのかも知れません。
 保育をデザインする。幼稚園の活動というのは、園の理念や園長の思い、先生達の考えや気持ちを「どのように形として表現するか」でもあるわけです。先程の言葉にのれば、「園や教育活動の持っている価値を、どう可視化していくか」が保育のデザインという訳です。先般から取り組んでいる「文科省の教育指導要領に沿った保育云々」も、理念の可視化・具体化ということではデザインと呼べるのではないでしょうか。また、子どもの現実の姿から「こんな人間に育てたいのだな、育って欲しいのだな」を読み取るのは、逆ルートというか「デザインを読み解く」と言ってもよいのかと思います。
 デザイン、つまり「どうやって伝えるか」は、これからもっと光を当てて考えていいのではないか、そう思います。現代なにかと内容…「何を?」を追究しがちですが、実は、「言い方」を初めとする表現方法の方が、コミュニケーションにおいては大事なのではないかと考えています(明るく仲良く・言い方によるトラブル・ツールの多様化高機能化・バカの壁・誰に言われたか…)。第一歩は、「内容とデザインは、不可分ではあるけれど別物」ということです。「内容もいいしデザインもいい」も「内容はいいがデザイン(伝え方)はだめ」もあり得る。そして実はデザインというか「伝え方」を学ぶ機会が乏しくなっているのではないか…?
 今度、「りねあ」の先生とお話してみようと思います。

活動の場が 広がる

4月 16th, 2018 | Posted by Sato in 日々の姿 - (活動の場が 広がる はコメントを受け付けていません。)
 今日は月曜日。年少組さんでは、土日を挟んで「早く幼稚園に行きたい!」という子、「その反対!」という子がいたようです。「毎年の風物詩だなぁ」とか園長は暢気ですけれど、その場にいたとすれば戦場なんだろうなぁ、と思います。私も何度か「さぁ、もう時間だから行こうね」と、問答無用で連れて行ったこともあります。「お母さんが側に居ない」という環境に気付くと、その環境に合わせた行動をとれるほど成長している子もおおいのですがね(回りくどい言い方ですね)。
 その瞬間はお互い辛いでしょうけれど、それは案外長続きしないものです。こちらが、「大丈夫大丈夫?寂しくなかった?」と聞けば、誰でも「寂しかった!」と答えるでしょう。そして「寂しいと答えることで、周りが自分に注目してくれる」を学ぶことでしょう。
 しかし、「いずれ一人で行けるようになる。笑顔で行かれるようになる」と信じていることで、無闇に「寂しかった」と言わせずにこの時期を過ごすこともできると思います。園でのお子さんの様子が心配な方は、お戻りになってから(電話で)でも担任にお尋ね下さい。
 さて、今日は「初めてのお御堂参り」&「園庭遊具の使い方(年少さん)」でした。最近は「言葉を育てる」という意味でも「学びの芽生え」としても、「素話」が見直されているようです。
 細かい言葉は分からなくても、見た目には園長一人であっても、子ども達は話の「面白い所」を的確に嗅ぎ分け、いいタイミングで笑ってくれます…きっと、言葉からイメージが生まれているのですね。「画面があった方が惹きつけられる」のは確かでしょうけれど、「画面がなくても楽しめる」のが子ども達の姿の一つだと思います。寝る前とかは素話にならざるを得ないわけですし、もっと見直されていいと思います。
 お御堂での姿は、まぁ「年度最初だからね」ということで割愛します。けれど「子どもが飽きる前に終わる」ことはできたと思っています。「お御堂、怖くないよ!園長先生のお話、短くて面白かったよ!」という感想を持って貰うのが第一です…「ありがたいお話」はその後。「聞く耳を育てたから、聞かせたい話をする」を原則に、これからも行きたいと思います。
 …園庭遊具の話は、またの機会で。