明照幼稚園

Author Archives: Sato

続イベントデザイン

9月 21st, 2017 | Posted by Sato in 保育論 | 日々の姿 - (続イベントデザイン はコメントを受け付けていません。)
 先生方の「おかいものごっこ」への会議、再び開かれました。前回では大筋が決まったものの、具体的な事柄が未定だったのです。
 「ねらい」と「概要」をベースに意見の出し合いが始まります。「まず、デザインの項目をハッキリしましょう。①場と時間、②コミュニケーションの形、③物の扱いについて、でいいですか?」おお、なかなかスマートな進め方です。いろんな事についてワイワイ話していくなかで自然とまとまることも多いのですが、項目が明確だと、「一カ所決まるとドミノ倒し」で決めやすいのです。いつの間に会議のやり方を身に付けたのか…。感心して聞いていました。
 一カ所が決まると、それを起点にいろんな意見が出てきます。「じゃ、こういう可能性もあるよね」とか多少のオーバーランもありますが、聞いていても想像しても楽しい話。それぞれの経験をもちより、細部が詰められていきました。
 結果、具体的なことが決まりました!。例年とはかなり異なった形と位置づけになります。もちろん初の試みですから、いろんな問題点が発生するかも知れませんが、とにかくみんなでワクワクしています。学年だよりなどでもお知らせするかと思いますが、どうぞお楽しみに。

練習が始まりました

9月 20th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 | 行事 - (練習が始まりました はコメントを受け付けていません。)
 運動会に向けての練習が始まりました。年長さんも年中さんも園庭での練習を行っています。幸いお天気もよく、水分補給と休憩には気を配りながら、動きを確認しつつ踊っていました。
 各学年の「お遊戯」には、それぞれ(例年あまり変わらない)テーマがあります。年少組さんは「とにかくみんなで踊る」、年中さんは「左右も意識しながら、自分で踊りを覚える」、年長さんは「隊形移動をしながら踊る」という感じです。隊形移動の難易度もいろいろあるのですが、「先頭さんについていく」という列の一員としての側面と、「一人一人が止まるべき所で止まる」という2種類の「判断」を伴います。先頭さんは大概、明確な目印に向かえば良いのですが、それ以外の子は「ここで止まる」という判断を各自で行わなければなりません。
 いまのところ、それぞれの踊り(体の動き)を中心に練習していますが、いずれは「全体としての動き」を意識した行動が求められます。その辺り、「一人一人の視野」と「別の視点から見た自分達」ということになるので、得手不得手があるようです。「こればっかりは、ワイドでビデオを撮ってあげて欲しいなぁ」と思う事もあります。

九月の入口

9月 14th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (九月の入口 はコメントを受け付けていません。)
 今日は年少組で絵画指導、年中組では壁面制作と運動会練習、年長組は運動会にむけてタイム計測などを行っています。
 さて、幼稚園の玄関には絵を掛けていますが、年間3〜4回は入替を心掛けています(と、掛けてみました)。今は「ボタニカルアート」の「桐」と、宇宙写真「アルマ望遠鏡」です。
 桐は、箪笥の材料にすることから、「女の子が生まれたら桐を植える。それが育って、お嫁に行く時には持って行く」という風習があった…今でもあるそうです。
 子どもと一緒に、桐の木も育つ。時期になれば箪笥の材料として、嫁入り道具に持たせる。共に時間と手間と気持ちをかけて育つもの。微笑ましい…という言葉では測れない、深い愛情があるのですね。
 そう言えば、私の長女が生まれた時には「誕生記念樹」を区からいただきました。園内に今でも植わっています。

 もう一点は宇宙の写真。天の川です。夏休みに、もしかしたら夜空の星を眺めた子もいるかも知れない、見たことのない子もいるかも知れない。そう思って掲げました。「日本の家庭には、科学についての本が少ない」という、何時かP連の講演会で聞いたことも思い出します。
 こちらは「アルマ望遠鏡」と言い、チリの砂漠に設置されているのだそうです。男子目線だと望遠鏡もカッコイイのですが、「あんな空が今でも自分の頭上に広がっている」と見せてくれる。あの星一つ一つが太陽のようなもので、そこには地球のような惑星のある可能性はある。知らないだけ、見たことないだけ。宇宙はロマンではありませんが、何とも言えず畏れるべきことだと感じます。

始める前から遊んでる

9月 13th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (始める前から遊んでる はコメントを受け付けていません。)
 今日はお天気もよくなり、園庭で遊ぶ子の姿がたくさん見られました。「残暑」というのも少し違う気がしますけれど…。
 年中組さんが玄関前で集まって、何やら相談事?していました。決して揉めている訳ではなさそうですが、近づいてみると、どうやら「鬼を決めるプロセスをどうするか決めている」らしいです。遊びが始まる前の段階で、既にいろんなやり取りをしているのですね。
 先生もその辺りはよく心得ていて、笑いながら「もう5分もやってるんですよ」と。「先生!さっき3人で決めようって言ったのに、そうじゃなくなってる!」「はいはい、どうしたの」という感じで。
 名前の明確についた「○○おに」といった遊びではないのでしょうけれど、こうした「物事を決める」リアルな体験もまた,幼稚園では「遊び」と捉えてよいのだろうと思います。試行錯誤ですから。

「敬」老について。

9月 12th, 2017 | Posted by Sato in 保育論 | 日々の姿 - (「敬」老について。 はコメントを受け付けていません。)
 昨日発行の「幼稚園だより」でもふれ、各学年の「今月のお約束」でも取り上げている「敬老」という態度、あるいは思考・また運動について、ツラツラと考えてきました。
 まずは辞書的に引いてみましょう。「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」と「国民の祝日に関する法律」にあります。もうズバリと。法律で決まってる。
 「だより」でも「父の日・母の日」や「お盆」との関連を探ろうとしていたのですが、これは決定的に異なるのですね。「社会につくしてきた」が決定的に違うのです。他は全部「家庭内・家族関係における」なのに、これだけが。
 まあ、「国が定める法律」だから当然と言えば当然のこと。家庭内のことに法律が踏み込むのは物凄く危険なことと考えられていますから、あくまで「社会との関わりにおいて」定めるのですね。
 そう、さっきの4つのうち、これだけが法律に規定されている(祝日)なのです。因みに父の日・母の日ともにアメリカ発祥。お盆は多分、中国の影響かと思います。7世紀初頭の話かと。「おっと…」と思い出すのは「こどもの日」。これは同じく「国民の祝日」ですね。「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」と規定されています(余談ですが、”母”だけでいいのかな…どこかから突かれないかな…心配です)。

 法律というのは「既にそれが実在し、そのことで社会の維持に困難を来す」ことの排除を狙う訳ですから、昭和20年代ですでに「お年寄りの扱い」について実際の問題があり、また問題意識があったことが覗えます。
 お御堂参りの参考にしようと思って昔話を引けば、「姥捨て山」ばかりがヒットする。「昔むかし、あるところにお爺さんとお婆さんがおりました」で始まる話は多いのですが、その必然性って、あまり高くないような気がするのです。「昔々、ある若い夫婦がおりました。旦那は山へ芝刈りに、妻は川へ洗濯に行きました」でも物語として成立する…「老人だから桃太郎に云々」はないのではないか?(笑)
 しかし「若い夫婦がおりました。仲良く幸せに暮らしておりました」では物語になりません。トリックスターも不思議な力も、お地蔵さんだって出る幕がない。「貧乏・年より」というのは、物語のための環境というか舞台になっている気がしてなりません。何とか太郎とか一休さんとかも似たような者。「社会のメインストリームで成功している人」は、伝記にはなるでしょうけれど昔話にはならなさそう(伝記の実態は、”若い頃の苦労話”でしょう)。
 老い、というのは仏教では「四苦八苦」の2番目ですから、相当根本的な「苦=思い通りにならないこと」です
。「そのことを知れ、身に付けろ。そこから”余計な想い”を捨ててゆくのだ」というのが多分(笑)仏教だと思います。
 ともあれ、無限に深掘りしてしまいそうなので、ここまでで。
 今日は年少さんの「敬老はがき」お手伝いで写真を撮りました。みんな幼さが抜けてきた感じです。

活気が戻りました

9月 7th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (活気が戻りました はコメントを受け付けていません。)
 いよいよ2学期が始まりました。先生方はもう始動していたのですが、子ども達が来ると、やはり活気が違います。一番早い子は、オープンの15分前?には玄関に並んでいましたもの。
 恒例の「夏休み、どんなことをしましたか?」は、今年もバリエーションに富んで面白かったです。温泉へ行った子、海へ行った子、沖縄、海外、京都…。まさしく「夏休みだから」経験できることを、たくさん味わったのだろうなと思います。
 気のせいか、今回は男子がお話しするケースが多かったように思います。小さい子は「手取り足取り」のように誘導してもらいつつ、年長さんになれば、皆の前といえど堂々と会話が成立している。一問一答ではなく、話が広がっていくのは、聞いている方もとても楽しかったです。
 「話したいことがあるよ!」というのは『5人のこえが聞こえたら』という絵本の最後だった…と記憶しているのですが、子どもが健全に育っている時に出る台詞なのかなー、と思います。そんな子たちが沢山、幼稚園に来てくれました。私は…関東圏からほぼ出ず(山形だけです)、hasunoha回答をしたりイワシ定食を食べたり、の夏休みでした。
 もう一枚の写真は、ご存じジャングルジムのふもとです。お天気が良くないのでちょっと不安ですが、どこまで伸びるか?子ども達がどう扱うか?楽しみです。

奇跡の合奏

9月 2nd, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 | 行事 - (奇跡の合奏 はコメントを受け付けていません。)
 この投稿をしている日からは遡るのですが。
 28日(月)に、スズキメソードお茶の水センターの先生方・生徒さんがお越しになり、今年も「ミニコンサートと楽器体験」を行って頂きました。もう5・6年になるのかしら…。今年も沢山の方にお集まりいただき、楽しい時間を過ごすことができました。
 その中で特に私が印象的だったのが、「幼稚園の年長さんと、小学校6年生が一緒に演奏する」ということです。2月に私の出身高校ブラスバンド周年コンサートがあったのですが、そこでも「現役中学生とオッサン(私を含む)で1つの曲を演奏する」機会があったのですが、それに匹敵する成り立ち。
 普段は幼稚園と小学校へ通い、共通の話題も余りないかも知れませんが、一緒に演奏する場においては、大切で対等な仲間。どちらが欠けても成り立たない。まさに奇跡の姿でした。
 その後の楽器体験も大変な人気で、全部の楽器を制覇した子もいたようです。生の楽器、やっぱりいいなぁ。
…私もウクレレ練習頑張ろうっと。今は中島みゆきの「糸」を練習しています。

イベントのデザイン

8月 31st, 2017 | Posted by Sato in 保育論 | 日々の姿 - (イベントのデザイン はコメントを受け付けていません。)
 この写真は今年の「おみせやさんごっこ」…竹早教員保育士養成所の学生さん方に来て頂いた時のものです。ご存じの方も多いと思いますが、幼稚園主催でも2学期には「おかいものごっこ」が行われます。けれど、今年はいまのところ「日程未定」…決めかねている所があるのです。
 「おかいものごっこ」というのは、そもそも「廃品を使って遊ぼう」というのが出発点で、多くの実践があり、かなりの回数行われてきた行事です。そして、恐らく「色んな意味や見方ができる」ということが明らかになってきたのです。また、今まで保護者の方々からご意見やご感想もいただいて参りました。
 そこで、「おかいものごっこをどうデザインするか?」を去年から先生方と検討しているのです。もちろん、今までどおりに行う事もできるでしょう。けれど、違う視点から、今までとちょっと異なるねらい=「こんな子どもの育ちに繋がる」にクローズアップしたものへ「アレンジしてみようか?」と考えているのです。
 そのため、改めて「おかいものごっこ」で、子ども達はどんな体験をしているのか、どんな意味があるのか…というのをそれぞれで考え、「コレが大事だと思う」「ここを大切にしたい」という話し合いを重ねてきました。
 で、まだ完成形は見えないのですが、「今までと違う、おかいものごっこ」になることは間違いなさそうです(どの程度か、も未定ですが)。それぞれの学年・クラス・一人一人にとって「どんな学びとなり得るのか」を予想し、いろいろ種を仕込んでいこうと考えています。
 …乞うご期待!

新幹線で、山形へ

8月 7th, 2017 | Posted by Sato in 保育論 - (新幹線で、山形へ はコメントを受け付けていません。)
 みなさま、夏休みいかがお過ごしでしょうか。幼稚園の畑では、新しくメロンの実がひとつなっています(まだ未熟ですので今は食べられません)。オクラもだいたい「いい大きさになったな」と思うと誰かが収穫するという塩梅。「今日とるんだ」ではなく「(野菜の)今日とって、の声に対応してとる」という感じです。何年か前の大葉もまた出ていますので、少量お使いの時はどうぞお寄り下さい。
 さて、昨年度に引き続き、山形県の認定子ども園へ行って参りました。去年と同じ所です。前回の話が中途半端だったのか、「二年連続して同じ人の話」というのは、色んな意味で難しい所があるのですが、ご縁もあり、お伺いしました。
 今回は「学習」というプロセスと、その際に引っかかりやすい事として、「練習・失敗」について触れました。参考にしたのは『GRIT』と『レジリエンスの鍛え方』の二冊が中心。その中に、自分の体験談を大きく盛り込むことにしました。
 自分の幼児期の記憶って、そんなに沢山のエピソードはないのですが、今になって思い出すと、なかなか味わい深いものです。よく「満足した記憶は忘れる。未達成の記憶(恐れ・悔しさなど含む)は忘れない。課題として残っているから」と言われるのですが、今回のエピソードは2つとも「良かったね」という話。ということは、よっぽど自分の心に深く刻まれていたのだろうな…と、改めて思います。
 それらについては、改めて「第2回入園説明会」の「ミニ講演会」でお話しようと思います。全く一般的なエピソードではない(どの家庭でも再現できるものではない)ですが、普遍性はあると思っています。
 にしても。
 認定子ども園ができた時には、「預ける施設なんでしょ・子どもの育ち云々よりも、親のための施設なんでしょ」と見ていたのですが、10年を越えて、「しっかり子どもの育ちを先生方が考えているなぁ」という印象に変わりました。教育面については幼稚園に一日の長があるとは感じますが、勢いがある。研修のための時間と予算も、自治体が確保してくれているようです。実際、町立で幼稚園・保育園・認定子ども園と3種類あるのですが、足並みをそろえて研究をしたり、人事異動で自然な交流もあるとのこと。うらやましい。
 けれど…出生者が年間50人程度、というのはまだ底を打っていないそうです。定住・移住計画も思うように進んでいないとのこと。
 備忘録的に、そのときの資料PDFのリンクを張っておきます。普通は(面倒になるので)あまり公開しないものですが、自分のためにも。

一日の経験で

7月 22nd, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 | 行事 - (一日の経験で はコメントを受け付けていません。)
 昨日から今日にかけ、年長組さんの「お泊まり会」を行いました。大きな貴重な経験です。どれほど大きいか…。
 あまり愉快な例ではありませんが、「恐怖の余り、一晩で髪が真っ白になる」とも言うように、「一晩の経験」が、その後にずっと大きく影響をすることがあります。そして、少なくとも卒園式までは、4分の1くらいの子が「幼稚園で一番印象に残ったのは、お泊まり会」と言い切ります(当園調べ)。
 昔の人たちは、「夜に眠るとは、一旦死ぬようなものだ。翌朝、再び起きるとは、生き返るようなものだ」と思っていた節があります。確かに自分の意識がないうちに、動物に襲われたりするかも知れませんし、もし起きても夜目が利きません。実際に、「眠っている間に死んでしまった」人は、数限りなくいたのだろうと思います。
 ということで、お家に戻った子は正真正銘「同じ子」ではあるのですが、「お泊まり会を経験した」ことで「どこかちょっと生まれ変わった」…かも、という目で見てあげて欲しいのです。親御さんが居ないことで、「…せざるを得ない。そして実際に、できた」という経験を多くしたと思います。その「特別な経験」から「できるよ!」と自信を持っていけるためには、「繰り返し」が必要です。お料理・片付け・お泊まり…ぜひ夏休みに回数を重ね、楽しくやっているうちに身につきますよう、「多彩な経験」をさせてあげて下さい。
 「どんなことをしたの?」とお聞きになると思いますが、子どもが話し始めたら、どこかで「す・な・お」を入れてあげて下さいね。「すごいわね」「なるほど」「面白いわね」です。マニュアル的に見えるかも知れませんが、きちんとタイミングを掴むのはなかなか難しいものです。その合いの手がピッタリはまると、子ども達の嬉しさ、記憶、次への意欲は増していくと思います。
 改めまして、お父様方、お母さん方には沢山のお手伝いをいただき、ありがとうございました。多くの人の手があってこそできる行事、そして幼稚園です。子ども達にそれだけ豊かな経験をさせてあげられる、と感謝申し上げます。ありがとうございました。