明照幼稚園

自分で判断 して横断

12月 6th, 2017 | Posted by Sato in 日々の姿 - (自分で判断 して横断 はコメントを受け付けていません。)
 今日は富坂警察署のご協力をいただき、生活&交通安全の集会を行いました。内容は毎年少しずつブラッシュアップされていくのですが、私が感心するのは「警察官(OB)さんたちの、子ども扱いが上達している!」ということです…偉そうにすみません。
 考えてみれば、そもそも彼らの職場は幼稚園と全く異なる雰囲気である筈です。危険を伴うこともあるでしょう。人を疑う所から始めなければいけないことも、あるかも知れません。
 普段の生活や仕事上とは、言葉の範囲もだいぶ異なります。「路側帯」に「ろそくたい」とフリガナを振ったから、子ども達も分かるだろう…とは言えません。どんな言葉であればイメージしやすいのか、子どもが受け止めやすいのか、耳を傾けてくるのか。そんな「子どもに伝えるための努力」を積み重ねて来られたのだろう、と思います。
 今回は生活防衛の中で、「知らない人に声を掛けられたら」の実習さえ行いました。写真の彼は、なかなか勇敢に「助けて!」を叫んでいました。見慣れない小父さんに上から声を掛けられるのは、結構圧迫感がある筈です。緊張もしたでしょうが、大声を出すことができました。
 その後、年長さんのみ、千川通りまで横断歩道の歩行訓練に出ました。1回の人数は6人くらい。確実に「右・左・右」と見て、手を挙げて慎重に渡っていました。
 戻ってから先生方と…「あの子たちも、もう小学生が近いんだね…」ということをしみじみ思いました。ご家庭ではもちろん、受験だの入学前診断だの、ランドセルだ机だといった準備が進んでいるのだろうと思います。しかし、こういった「自分で判断して横断する」ということも、入学準備の一つだと思います。今は自転車で通園している子も、すぐ歩いて登校するようになる。そんな準備が始まっているのだと思いました。

自分の言葉で

12月 4th, 2017 | Posted by Sato in 行事 - (自分の言葉で はコメントを受け付けていません。)
 今日は成道会の集い。お釈迦様関係のものは、どうにも「お話中心」になりがちです。いろんな資料を見ても、「悪魔と戦いました」「お覚りを開きました」ということで、抽象的になるんですね。ビデオを見ていて子ども達は大受けでしたが、「飛んできた矢が地面に落ちて、花になってしまう」という所。悪魔が何度攻撃しても無駄…という文脈でした(詳しくは昨年度の記事もご覧下さい)。
 さて私が感激したのは、今日の司会の先生です。私からも「お釈迦様は、”人たちが幸せになるためには…?”と、ずっと考えたのです」とお話したのですが、それを受けて「先生も、幸せって何だろうなって考えてみたの。そうしたらね…」と、自分の価値観を語ってくれたのです。
 どこかで調べてきた事柄ではありません。自分の価値観を、自分の言葉で語った。「私にとっての幸せって、こういう事なのよ」と。これは素晴らしい事だと思います。
 「ありがとう、ごめんなさい。そんな言葉が自然とたくさん聞こえる時って、幸せじゃないかなって思います」というようなことを話してくれました。
 「幸せとは何か」は、「大人とは何か」に似て、「私としてはこう思う」を言い切った者勝ち、客観的ではなく主観で捉えていればよいものだと思います。そして彼女は、それができている。子ども達に伝わりそうな言葉を選んで、懸命に伝えている。「幼稚園のお便り作成ヒント」のような本でも、「私は〜、というメッセージを入れましょう」とあるのですが、当たり障りない表現に止めることなく、自分なりを表現した。自分の人生で学んできたことを伝えた。きっとクラスの子ども達も、自分のことをのびのびと表現できるように育っていると思います。ありがたし。